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「ん?」

 詩人でもないのに、そんな柄じゃないのに、時折、ひどく感傷的になることがおれにはあるのだ。
 例えば今夜みたいな、月が半分しか姿を見せていなくて、やけに静かで、呼吸を邪魔するような
ものが何も無い帰り道。おれの履き古したサンダルがアスファルトにこすられて、ざり、と立てる音が、
こいつの履いている黒くなめらかに光る革靴の規則正しいリズムが、誰も居ない街外れの道路に
響くから、おれはおれ一人ではどうしようもなくなってしまう位に、ああ、こんな夜のせいで、
涼しい夜風のせいで、寂しいなどと。つい、思ってしまう。
 さりげなくちらりと盗み見たこいつの顔は、憎らしいほどいつも通りで、多分、頭の中で
先ほど寄ったコンビニのドアの効果音なんかを流してそれにあわせて歩いていたりするのだろう。
 余裕が無いのはいつだっておれのほうだ。コンビニ袋を持った手が軽くこいつの体に掠るだけで、
こんなにも落ち着きをなくしてしまう。
 風が吹いて月が柔く光って、そんな夜だから、今日くらいはこいつの優しさに寄りかかっても
いい、そう思った。

「なあ」
「ん?」
「月がさ。綺麗だな」
「ん、」
 すっと視線を上げて、そうだね。と、小さく呟いたので、おれは少しだけ安心した。
 そしてもう一言。
「……なあ」
「ん?」
 月からおれへと、風に枝がしなるように自然な所作で視線を移す。
 こいつの、こういうところが多分、おれと決定的に違っているところで、おれがこいつとこうして
二人きりで歩くようになった、最大の理由なんだろう。
 こいつは決して揺るがない。時を経ても姿を変えても、同じようにおれを見てくれる。
「おれはあんたが好きだよ」
 目をまるく見開いて、驚いたような顔をされて、急に恥ずかしくなってきてしまったので、おれは
わざとらしく視線を逸らして月を見た。うっすらぼやけた、でも確かにそこにある、こいつみたいな。
「ん」
 そうだね。と、先刻と変わらぬ声色で言われて、おれは、ああ、こいつには到底敵わないと。
嬉しいような、悲しいような、そんな気持ちで、また、真っ暗な夜道を、足音を立てて歩いていった。