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四兄弟

「お前んち、四兄弟なの?」と聞かれる度に、「まぁ、そんなもん」と答えている。

両親を田舎に残し、兄弟のいる都会の家に暮らして始めてから1年が経った。
家にいるのは4人だ。商社勤めの大(おお)兄ちゃんに、広告デザイナーのちょっと変な小(ちい)兄ちゃん、こっちの高校に進学したオレ、それから、役所勤めの中野さん。

中野さんは小兄ちゃんの高校からの友人だ。
もともと中野さんも別の場所に住んでいたそうだけど、こっちの家の方が勤め先に近く、何度か遊びに来たり泊まっていったりするうちにいつの間にか居着いてしまったらしい。
……そんなにアバウトで大丈夫なのか、この家は。

「ただいまー、はらへった」
「おかえり。二人とも遅いらしいから先にご飯にしようか」

キッチンから中野さんの声がする。
ダイニングのドアを開けると、テーブルにはハンバーグとミネストローネが並んでいた。

「ハンバーグ!!」
「いっぱいあるよ」

中野さんは、毎日こうして夕飯を作ってくれる。
男だらけのこの家が人並みの清潔を保てるのも、実は中野さんのおかげだったりする。洗濯物が溜まらないのもそうだ。
「定時に帰ってこられるのは自分だけだから」と中野さんは言うが、それだけでここまでさせるのも申し訳ない気がする。
自分も少しは、家事ができるようになるべきだろうか。

「手伝えること?そんな、悪いよ」
「悪くないって。むしろ中野さんに全部させてるこっちの方が悪い」
「いいんだよ、やりたくてやってるんだから。……こんな賑やかで楽しい家に住むの、夢だったし」

中野さんの育った家庭がうちと真反対だったということは、いつだか大兄ちゃんに聞いた。
そういえば確かに、前の家にいたころはあの小兄ちゃんが真剣な顔で何時間も電話してたり、時々血相変えて飛び出したりしていたから、やっぱり色々あったのだと思う。

「君にも君のお兄さん達にも本当によくしてもらってる。これぐらいじゃ足りないよ」

中野さんがハンバーグを器用に切り分けながら呟いた。
オレは丸のままのハンバーグにかぶりつきながら反論する。

「うそだ、大兄ちゃんはともかく小兄ちゃんはアイツ、ただのでかいガキじゃん」
「こら。」

中野さんも笑うってことは心当たりがあるんだろう。
これ、小兄ちゃんに言ったら技かけられるだろうな。オレが。

「……それにしてもその呼び方、珍しいよね。」

中野さんがミネストローネをかき混ぜながら言った。
自分のついでに、オレの空の食器にもおかわりを注いでくれる。
こういうところが、うちの兄弟にはないんだよな。

「なんとか兄ちゃんってやつ?だってそう呼ばなきゃ区別つかねーじゃん。あの二人、名前も妙に似てて紛らわしいし」
「中身は全然違うのにね。ふふ」
「……でもそうだな、たしかに、大兄ちゃん小兄ちゃんってきて、いきなり『中野さん』ってのも変だよな。タニンギョーギっていうか」
「え?」
「中野さんはどうだろ……背丈は大兄ちゃんと小兄ちゃんの間くらいだし……中ぐらいの『中兄ちゃん』ってどう?」
「ちゅうにい……」
「あ、ってか名字中野だしちょうどいいじゃん!中兄ちゃん、中野だから中兄ちゃん。決まりな!…………て、中野さん?」
「……洗濯物取り入れ忘れたかも……」


その日、夕飯の途中なのに、中野さんは一時間近くベランダから帰ってこなかった。

「おはよー。……小兄ちゃん何してんの?」

次の朝、キッチンには中野さんでなく小兄ちゃんが立っていた。

「何って朝飯だよ。あいつが起きたら厄介だから目覚ましの電池も抜いてやった」
「うわぁ……」
「俺様の絶品オムレツ食ったらもうあいつの飯なんて食えなくなんぜ、ひひひ」

小兄ちゃんのフライパンからは不吉な煙があがっていた。確かに、違う意味で中野さんの料理が食べられなくなりそうではあった。

「うわ、何の匂いだよ……」

その時、階上から大兄ちゃんの声が聞こえた。続いて階段を下りる音も。
助かった、小兄ちゃんは大兄ちゃんに弱いのだ。

「あ、やべ」

「ヤバい」ってことはやっぱり失敗した自覚があったんじゃないか。
小兄ちゃんは慌ててフライパンを奥に隠すと、嬉々としてコーンフレークを探すオレを「おい」と引き留めた。

「なんだよ」
「何嬉しそうにしてんだよ。俺のミシュランオムレツが食えなくなって残念だと思わねえのか。…………それから」
「ん?」

「お前、あいつのこと幸せにしすぎんなよ」

顔を上げると、言葉とは裏腹なにやにや顔がそこにあった。

オレは黙って笑い返した。
うるさい、分かってるよ。

中兄ちゃんが小兄ちゃんの「友人」じゃないのなんて、とっくに知ってるんだからな。