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滅びを予感する軍師

その軍師は、今帝の物心ついた時分より老人であった。
年輪のように刻まれた皺は深く顔に貼り付き、まるで生まれた時から老人であったようでさえある。
その灰色の眼は、今帝、先帝、先々帝と三代に亘る治世を見守ってきた。
実の正体は仙人であると囁かれるのも無理はない。若い姿を知る者は最早この宮廷には居ないのである。

さて幼き頃よりこの軍師に稽古をつけられし帝もちらほらと白髪の混じり始めた初春、
かねてより勢力を増していた西の異国が大陸の向こうより騎馬20万もの大軍で押し寄せてきた。
対する自軍は5万、小国ながら軍師の策により初めは拮抗していたものの、
夏にもなると若き国、若き軍に押され始め、遂に疲弊しきった自軍は僅かに宮廷を守るのみとなってしまった。
かつての美しかった都は焼け、民は南の国へ次々と逃げ落ちた。
今にも帝の玉間に敵軍の蹄の音が聞こえんとする中、軍師は帝と差し向かい話を始めた。

御覚悟は出来ておられますか、帝。
私は貴方の生まれる遥か前より、この国の為に尽力して参りました。
貴方の祖父、先々帝に戦場で初めてお会いしたのがまるで昨日の事の様でございます。
敵国の敗走兵だった私に、先々帝は強くなれと仰いました。
その日から私は、この国の為に、先々帝の為に強くならんとして参りました。
先々帝が亡くなり、先帝の為に働いて参りました。
先帝が亡くなり、帝の為に働いて参りました。
よいですか、帝。
御覚悟は、出来ておられますか。

遂に門を破り宮廷を制圧した敵軍の大将は、一番奥の豪奢な扉の前に足を運んだ。
その繊細な装飾にそぐわない、戦の血や土で汚れた手が、重い扉を開く。
光の差し込む広い室内には、たったひとり正式な帝の装束を身にまとい、玉座についた人影があるのみである。

「帝か」

静けさを打ち砕くその声に、人影はゆっくりとその灰色の眼差しを上げた。


「いかにも」


再び閉じた瞼の裏に、先々帝の顔が浮かんだ。

…帝、貴方の子として私はこの国を慈しみ、守り、育てました。
貴方を愛する様に、この国を愛しました。
しかし、帝、貴方の子はこの国そのものではなかった。
貴方の子は、先帝であり、今帝であり、またこの国の民でありました。
子らの有る限り、国は滅びようとまた何度でも興るはずでございましょう。
生き抜く御覚悟を決めた今帝が、きっと道を切り拓くはずでございましょう。

違いないと、頷いて下さいますか、帝。


旅人のなりをした一団が南の国に到着したと同じ頃、ある一国の帝が首を落とされ、その長い歴史の幕を閉じた。