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ギタリストとピアニストの恋

流花がきていることは知っていた。
多分ドアの前で聞いてるんだろう。
…入ってくればいいのに。

どうして入ってこないの?
ずっと待ってたのに。
愛猫のミケ連れて、君に渡そうと思って花束買ってきて。
…僕も、わかっているのなら入れればいいのに。
でも気にしてしまったら、弾けなくなってしまうから
弾くことに集中して、気づいていないふりをしていた。

…わかってるよ。
君も凛に脅されてるんだろ。
僕だってそうだから。
同じなのに、ねえどうして。
ねえどうして、振り切ってくれないの。

僕もそうだ。
どうして脅しなんかに負けるの?
好きなんだから、言ってしまえばいいのに。
「行かないで」って言って、その胸に飛び込んでいけばいいのに。
ずっと一緒にいたいって言えばいいのに。

昨日…流花に呼ばれる少し前まで、僕は凛と電話していた。
凛は特別、仲がいいというわけじゃないけど
高校の同級生だった。
だから電話番号も互いに知ってる。
いいやつだと思ってた。
歌も上手くて、ソロで歌っていけるって胸を張って言えた。
…流花のことを言われるまでは。
ピアノを弾きながら、電話で話すなんて
なんてことやってるんだろうって自分でも笑えた。

『零。』
『ん、なに?』
『いま、なんの曲弾きながら電話してるの?』
『ベートーヴェンのエリーゼのためにだけど。』

―凛の問いに、弾きながら答える。

『ふーん。…ぴったりだ。』
『え?』
『流花と零に、ぴったりだ。』

―繰り返し言った凛の言葉に、指が止まる。

『…どういうこと?』
『あれ、お前、知らないの?』

“…知ってるって言えば、どう答えるの。君は。”
心の中で呟く。

『知らないの?…まあ、知らないふりしてるのかもしれないけど。
流花はお前が好きなんだよ。多分お前も、流花が好き。』

鍵盤から指が離れる。

『…俺、そういうのには敏感なんだよね。
まあ知ってるから何?ってお前は思うかもしれないけど…
俺も、流花が好きなんだ。』

――まるで、雷にうたれたような衝撃が走る。
好き?凛が?流花のことを?
『……そう、なんだ。』
やっとのことで出した声は、少しかすれていて。
指が震えていた。

僕は流花が好きだ。
流花を好きになるまでは、[同性愛]なんて言葉にも、さほど興味は無かった。
…でも、言えなかった。
男が男を好きだなんて、どこの世界の物語なんだろう。
気持ち悪いよね。男が男を好きだなんて。

でも流花も、僕を好きでいてくれた。
ギターを教えてくれるって言ってくれたあのときに気がついた。
だからいまのままでいい。もう、これ以上は望まない。
一緒にいられるだけで、いいんだ。

――だけど、凛も流花が好き。

『…両思いなところ、ごめんね。
でも、流花は俺が連れて行くから。
お前が見えないところに。話すこともできないところに。』
『…!!!』
『多分今日の夜くらいに、流花が零を呼ぶだろうけど。
…笑って見送ってくんないかな?』

…は?
笑って見送って…?
なに言ってるの?好きな人を連れ去られて、笑えって言うの?

『…わけないだろ。』
『ん?なに?』
『そんなの、できるわけないだろ!
どうしてっ…どうして、そんな』
『じゃあばらしてもいいんだ。
【ピアニスト零は同性愛者だ。ギタリストの流花が好きだ】って。』

―言い返す僕に、凛はそう脅した。

『…………………。』

返す言葉を無くす僕に、凛は容赦なく続ける。

『このままでいたいって思ってるんだろ?
周りから変な目で見られることも無く、友達以上恋人未満のままでいたいって。
…でも、そんなことさせない。
俺だって同じさ!流花が好きで好きでどうしようもない!!
お前のいないところで、流花はいつもお前のこと言ってるんだ!!
ピアノを弾くのが上手いって!!とても綺麗だって!!!
いつか世界的なピアニストになれるって!!!
好きなやつが、俺以外のやつのことを喋ってる!!
俺は流花が好きなのにあいつはお前のことばっかり喋ってる!!
それを笑顔で返してた俺のつらさに比べたらっ…笑顔で見送るなんてこと、簡単だろ?!』

……頬を伝う涙。

ああ、凛も流花が好きなんだ。
でも流花は、僕のことを好きでいてくれて
僕がいないところでは、いつも僕のことを話してくれていて。
…それを、凛は笑顔で返す。
凛は、流花が好きなのに。
気がつけば電話は切れていて。
やり場の無い悲しみだけがそこに残った。

いま、弾いている曲はリストの「ラ・カンパネラ」。
鐘という意味で、人生の節目になる教会の鐘のイメージらしい。
…この鍵盤が奏でる一つ一つの音が鐘。指が、人生。
僕はそう思っている。

…ねえ、どうして、この曲を弾くかわかる?
凄く難しいけど、君との思い出の一つ一つを大切にしていきたいから。
君が好きだという気持ちを、忘れたくないから。

―曲がクライマックスに差しかかったとき、外から声が聞こえた。

「なにやってるの?流花。」
…あぁ。やっぱり。いたんだね。
聞いてくれてるの?僕の演奏。
でも、もう行くんだね。凛が来たってことは。
曲が終わる頃になってくるなんて…ぴったりだ。

涙が止まらなくて、前が見えない。
自分でもどう弾いてるのか、わからなくなってきた。

――そして最後。

キーが少し外れたものの、なんとか終わった。
…終わった、ほんの一瞬だった。

「さよなら。」

―――流花の声。
泣いてるの?声が暗いよ…?
抑えきれない涙を流しながら、嗚咽が漏れながら。
僕も小さく「さよなら」と返した。