24時間
「今から86400秒後に貴方の心臓は停止します。」自ら天使と名乗った男が言った。イカレてやがる。病院逃げて。俺はこみあげる緊張に、寒気を感じながらごくりと派手な音を立てて唾液を飲み込んだ。いつもなら聞く耳すらもたない、金目当てか、宗教か、はたまたキメちゃってるのか分からない男の言動に俺が狼狽しているのは、突如グレーのスーツから生えた鳥の羽根のせいに他ならない。 羽根だけならまだしも足元がちょっと浮いちゃってる。悪ふざけにも程がある。「聞いているのか」世界の均衡がどうの御名がどうのとしゃべりつづけていた天使?はもともと短気なのかビキビキと青筋を立てながら迫ってきた。「聞いてないようなので要約するとお前は明日、死ぬ。」マニュアルでもあったのだろうか、ですます口調が消えている男が真剣な顔で言葉を伝えた。俺はなんとか、へたりこみそうになる体を壁でささえた。「俺が病院行ってくるか」「行ってもいいが、何もでない。お前は健康だ。」「じゃあ、アタマ?」「正常だ。知能は低そうだがまともだろう。」「いやあんたの方」天使はほんとに短気なのか本域で両手で首を締め上げた。絶句してタップすると乱暴に手を離された。「なんでもいい。信じろ。信じさせて、残りの寿命を本人にとって有意義な時間として使用させるのが僕の役目だ。」「お前を信じろって?」「そうだ。僕を信じろ。」「信じたら、死ぬじゃねえか。」ぐっと天使の眉根が寄った。最初の取り澄ました顔からは想像つかないほど人間くさい。こいつなりに苦悩してるのかと思うと、なんとも場違いなことにどきりとした。・・・・・・。どきりって俺バカすぎるだろう。俺の人生今日までっていう発狂しそうなシチュエーションなのに気分少女マンガってバカすぎるだろう。とりあえず気持ちをシリアスに戻したくて、なんでもいいから口を開いた。「・・・リミットは、明日のこの時間か」「そうだ。85921秒後だ。」「俺が死なない方法なんて」「ない。あれば、僕は一番最初に提示している。」「なんで、なんで、俺なんだ。」こいつが本物の天使なら、おそらくは何十回と聞いているのだろう。なんともいえない顔で押し黙った天使に、やっぱり場違いになんともいえない気分になった俺は頭を抱えてしゃがみこんだ。男は状況に絶望したと勘違いしたのか、その一見とっつきにくい風体をおろおろさせて俺の顔を覗き込む。「会いたい人、願望があれば、条理に反しない程度でサポートする。僕はそのためにここに居る。何でも言え。」じゃああんたとちゅーしたいんだけど。ふと浮かんだ願望に絶望しながら顔を上げると、外見上は道でさっき会ったばっかりのただのリーマン過ぎた。だがリーマン天使は気難しい表情のまま本人より真剣な目で俺の為にいるという。「・・・旅行とか、できる?行きたいところとか、どこでも。」「大丈夫だ。」少し前向きになった俺に、なんだそんなことかと天使は少し笑った。ああなんだ。本当に天使っぽい。なんだかどうも輝いて見える。明日、俺の為に泣いてくれないだろうか。得体の知れない天使グッツとやらをジュラルミンケースから取り出し始めた天使の後頭部をぐりぐり撫で回したい衝動を抑えながら、俺は天を仰いだ。
ピアノとチェンバロ
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