女好きのノーマルが男にハマる瞬間
今日も終電間際になってしまった。サービス残業はするなと言われているけれど、仕事が減る訳ではないので、どうしても時間超過はしてしまう。無能の証だと言われても、物理的に出来ないものは仕方がない。オフィスの中は俺しかいない。携帯電話には約束していた彼女の着信とメールが大量にあった。文章では怒っていないが、そこはかとなく怒りを感じる。さすがにこう何度も続くとダメだろう。いい女だったのになあ。おしいな。鞄を手に取り、電気を消す。廊下の明かりは補助灯くらいしかないのでよく見えない。足下に気をつけながら廊下を歩いていると、どこからかうめき声のような声が聞こえたような気がした。社内で強盗なんてあるわけないだろうが、万が一事件性があったら困る。何もないよりはいいだろうと側にあったモップを片手に声がする方に近づいた。「んんっ…!」テンションが一気に下がった。まあ、ようするにそういう最中だった。ここは職場だぞ。俺だってさすがに職場ではしたことないのに。…いや、そうではなく。見なかったことにして借りを作ろうか、それとも人事に言って地方に飛ばそうか。とりあえず何かの時に役にたつかもしれない。そんな打算的な考えで、目をこらした。男女かと思っていた二人はどうみても男同士だった。そのまま見入っていたら、こちら側に顔を向けていた一人と目があってしまった。向こうは俺に気がつくと、一瞬驚いたような顔をしたが、その後すぐに艶っぽく笑って、そのままこちらを見ながら男にされるがままになっていた。扇情的な姿に俺は訳がわからなくなってしまい、すごすごとその場を立ち去った。***「良かったらお昼を食べに行きませんか?」翌日、会社でいたしていた男からあっけらかんと誘われた。口止めの話であれば、言う気はないとさりげなく匂わせたが、彼はまったく意に介さないようにおいしい蕎麦屋があるので行きましょうと半ば強引に誘う。仕方なく俺は彼につきあった。「あんなに夜遅くまで、仕事熱心ですね」「あ、え? ああ、うん、能率悪くて…」「真面目なんですよ。途中で切り上げられないんだから」「ああ…ええと…」昨日のアレの話題が出るようで出ない。蕎麦の味などわかるような状態ではなかった。彼は何事もなかったかのように蕎麦をすする。目の前で蕎麦をすする奴の唇は、少し濡れてエロいなと、馬鹿な事を考えていた。
針のむしろに座っていたかのような食事が終わった後、俺達は会社に戻った。結局昨日の話題は出ずじまいだった。話題が出ないことに安心したような、でも結局結論が出なくて蛇の生殺しのような…。「じゃあ、これで…」「すみません、昨日のことなんですが」後ろからいきなり言われて、慌てて俺は振り返った。「いや、あのさ……!」気がつくと目の前に顔があって、俺は彼とキスをしていた。しかも横からカシャッと携帯カメラのシャッター音がした。「……え?」「すごい顔」彼は俺を見て笑った。真っ昼間。人通りのあるオフィスの通路。一歩間違えれば、食事を終わらせた人間が横を通る。「僕は真面目な人って凄く好きなんですけど、人間不信な所があって、あなたが僕を裏切らないっていう証拠がないと、とてもじゃないけど落ち着いて仕事が出来ないんです」「いや、心配しなくていい! 本当に大丈夫だから!」さっきのシャッター音はあれか? 脅しか? ああ、こんなことなら俺も昨日のアレを撮っておけば良かった! 俺だけ弱み握られてどーすんだよ!「今日は仕事残して切り上げてください」「な、なんで」「うちに来て欲しいから」「なんで?!」「共犯になりましょうよ」「きょ、共犯っ?」「ああ、心配しないで下さい。はまったら面倒みますから」はまったらって、いや、俺は女にしか興味ないし!そんな言い訳が出来るのはあと数時間だけだなんて、その時の俺は知るよしもなかった。
また流される
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