仲間はずれ
僕はSFCを持っていない。だから休み時間も会話に入れなかった。話題の中心はこのあいだ出たゲームの話ばかりで、すっかり時代遅れになってしまったFCの話なんて全然出ない。 前はこうじゃなかったのに。ソフトを貸し借りしたり、一緒に対戦したり楽しかったのに。いつの間にか、みんなSFC世代になっていた。お父さんが生きていればなぁ。そうしたらSFCだって買ってもらえたし、仲間外れになんかされなかったのに。ねだり続けてようやくFCを買って貰った僕には、SFCはとても手の届かないものだった。 「お、どうした斉藤」「あ……先生」昼休みなのに遊びに行かずに教室でボーッとしていた僕に、先生が声をかけてくれた。僕の担任の山口先生は、お父さんと大の仲良しだったんだって。お父さんのお葬式でわんわん泣いている男の人がいたのを、僕はうっすら覚えていた。そのせいか先生は僕を気遣って声をかけてくれるんだ。お父さんが生きていればこんな感じだったのかなって思うと、僕は山口先生が大好きだった。 「あのね、僕だけSFC持ってないの。だから仲間に入れなくて、僕……。お母さんSFC買ってくれないんだよ」「うーん、お前のお母さんも大変なんだよ。お前のために夜遅くまで働いてるんだろ?」「それは、わかってるけど」でも、欲しいんだ。仲間外れはいやだよ。「ねぇ先生、お父さんが生きていれば、お父さんは僕にSFCを買ってくれたかなぁ?」「うーんどうだろうな。……そうだな、テストで満点をとったら、もしかしたら買ってくれたかもしれないな」テストで満点かぁ。いつも70点台の僕にはちょっと難しいだろうなぁ。それに本当に100点が取れてもお父さんがいないなら意味がないよ。「ハハ、そう口をとがらすなよ。……斉藤、ちょっと耳を貸せ」そういって先生は腰を屈めた。内緒話をするように手を丸めて口に当てている。一体なんだろう?僕は先生に一歩近づいた。「実はな、先生はお前のお父さんと約束しているんだ。お前が本当に望むことを一つだけ叶えてやって欲しいって。一つでいいから、どんなことでも叶えてやってくれってな」 こそばゆさを耳に感じながら僕はとても嬉しくなった。お父さんが僕を気遣ってくれていたこと、先生が僕の願いを叶えてくれること。なんだか先生がサンタさんに見えてきた。 「先生ぇ耳かして」ちょっと背伸びして、さっきの先生と同じように手を丸めて口に当てた。「じゃあ僕がSFCが欲しいって言ったら先生は買ってくれる?」「お前がテストで100点をとったらな」やった! 夢みたいだ! 僕もSFCが出来るんだ! またみんなと一緒に遊べるんだ!飛び上がって喜ぶ僕に先生は呆れながら、テストで100点とれたらだぞ? と言ったけど、SFCが手に入った想像で頭がいっぱいだった僕の耳には入らなかった。「だがな、斉藤」そう告げた先生の声はなんだかいつもと違う感じがした。先生の両手が僕の肩に掛けられる。怖いくらい真剣な顔をしていた。前に、みんなで飼っていた金魚が死んでしまったときに話してくれた、命の大事さの授業と同じくらい。 なんだかいつもの優しい先生じゃないみたいで、緊張してしまう。「お前のお父さんとの約束で、願いを叶えてやるのは一つだけなんだ。もしSFCを買ってやったら、ほかにどんなお願いがあっても先生は叶えてやれないんだぞ。本当の一生のお願いなんだ」 僕はよくお母さんに一生のお願いって何度も言うけど、そうじゃなくて本当に最初で最後なんだ。……どうしよう。「もしSFCを買って貰ったら、ほかには買ってくれないってこと?」「ああ」「……でも僕は、SFCが欲しいんだ……」「わかった。……まぁそのためにはテストで100点をとらないとな! 98点でもダメだぞ?」ニカって笑う先生はいつも通りで、僕はほっとする。そして先生に向かって勢いよく手を挙げて、ハイっと返事をした。
*** *** ***
あの時、どうしてあんなくだらないことに親父の遺言を使ってしまったんだろう。先生は「どんなこと」でも一度は叶えてくれると言っていたのに。俺の恋人になってよと泣いてすがって見せても、先生は「一生のお願いはもう使ってしまっただろ?」と苦笑するだけだった。先生の心は親父がずっと支配していたのだ。どうしてガキの頃のあの状況を、仲間外れだなんて思えたのだろう。仲間にいれてと勇気を出して一言告げれば良かっただけなのに。 本当の仲間外れは、こういう状況こそ言うんだろう。先生の心に俺が立ち入る隙などどこにもなかった。
もう一度だけ
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