サボテン
俺はサボテン。主人は一人暮らしの大学生。飲み会が何よりも好きなおっさん臭い男だけど、毎朝学校に行く前に日のあたり具合を確認して俺を窓際においてくれるし、この頃は寒いから帰ってくると窓際から机の上に戻してくれるし、俺を買った店で言われた通りに雨季と乾季を守った水のやり方をしてくれる。ものぐさな性格の割にはまめな世話をしてくれるもんだから、花を咲かせることもできた。一人が寂しいのか、やたらと話しかけてくる(酔った時は特にだ)。だから、主人の事は大概の事を知っているつもりだ。寧ろ、俺が知らないことなんてないんじゃないかな?カチャリと音がしたら、それは主人の帰ってきた証拠。ドアを開けて、電気をつけて、首をコキコキ鳴らしながら入ってくる。鞄を置いてから、窓際から俺を机に戻す。これが主人の習慣だ。・・・あれ?習慣の筈だけど。暗くてよく見えない。どうして電気をつけないんだ。もしかして酔ってんのか?でも今日って飲み会だっけ。主人の影は机の引き出しを探っているようだ。何かを取り出すと、ずるずると体を引きずるように俺の横にやってきた。寒いからさ、早いとこココから引き上げさせてくれないかな。俺の訴えもむなしく、主人は何もしない。かと思えば手に持っている煙草(どうやらこれを探していたようだ)に火をつけた。禁煙したんじゃなかったのかよ?「よっ。サボテン」なんだよ。おい、寄るな。煙いだろ。「花ぁ、綺麗だな」なんか元気ねえな。「俺さ・・・馬鹿、やっちゃったわ」ん?「ずっと黙っておくつもり・・・だったんだ」おい、どうしたんだよ。「なんで、言っちゃったんだろうな・・・?“好きだ”なんて・・・言う筈じゃ、なかった」その話聞いたことないぞ!「言うつもりなかったのに、なぁ」笑って煙草をふかしながら主人は泣いてた。静かに、うずくまりながら一点を見つめて泣いていた。「もう、友達でさえいれないんだな・・・」事情は分からないけれど、主人が何か大切な物をなくしたことは分かった。俺が喋れたなら、動けたなら、主人と同じ人間なら慰めてやれるのに、そう強く思った。泣き顔を見上げていたら、強く思いすぎて、棘が少し逆立った。窓の外の街灯が照らす、主人の頬を伝う涙が俺の上に落ちた。すると、驚いたことに俺は・・・。俺は。・・・人間になったなんていうファンタジーな展開があるはずもなく。俺は依然としてサボテンのままだ。でも安心して欲しい。あの後部屋のドアが激しく叩かれ、見知らぬ男が一人入ってきた。そいつが主人に向かって何事か言うと、主人は驚いてまた泣いていた。でもその泣き顔は、笑顔だったんだ。だから大丈夫だろ?最近じゃその男が良くこの家にやってくるんだ。主人は実に幸せそうだ。あの時、人間になりたいと思った事は忘れることにする。主人と俺は人間とサボテン。これでいいんだから。
眼鏡と眼鏡
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