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相容れない敵同士が一時的に手を組む ---- 窓のない小部屋に、男が二人座り込んでいる。一種異様な光景である。 部屋と呼ぶのも憚られる殺風景な空間には調度品の一つもなく、 重厚な金属製の扉は頑なに閉ざされている。静かな午後だった。 その静けさに抗うように、男の片割れが絶え間なく喋り続けている。 「よく喋る男だ。すこし口を閉じていろ」 それまで無視を決め込んでいたもう片方の男が、とうとう耐えかねて声を上げた。 やけに剣呑な目つきをしたこの中年男、正体は私服警官である。 元より愛想の良いタイプではないが、ここまで不機嫌なのには理由がある。 一つには、敵意ある組織に監禁されているというこの状況。 もう一つには、武器を没収された上に怪我を負い、これという打開策も浮かばない己の状態。 そして何より神経を逆撫でるのは、同室に閉じ込められているのが名うての詐欺師という事実である。 「そうは言われても、多弁は私の取り柄なのだよ。それにね君、私には話術しか持ち合わせがない」 話を遮られた詐欺師の男は、特に堪えたふうでもなく、軽妙な調子で応じて肩を竦めた。 「暗器の一つや二つ隠し持ってないのか」 「ないと言ったらない、徒手空手だ。身ぐるみ剥がれたのは君も同じだろう」 「こんなときに……使えない奴だ。犯罪者のくせに」 「どんなときだろうが私は元々武器など持たない。そう決めているからね」 「なぜ」 「だって、格好悪いじゃないか。私ほどの詐欺師が武器に頼って身を守るだなんて」 男は詐欺師であることを悪びれないどころか、誇らしげに胸を張ってそう言い放った。 刑事は盛大に舌打ちをし、眉間の皺を深くする。 「犯罪者に格好もクソもあるか」 「分かってないな」 男は立ち上がり、演説家のように芝居がかった仕草で両手を広げた。 「所詮、三寸の舌先があれば事足りる世界だ。しかし美学がなくては不完全だ」 「そうかそうか。ならお前はここでその美学とやらと心中しろ」 熱弁は刑事の胸に響かなかったようだ。 男は興を削がれたような顔で壁に寄りかかった。 「他人事のように言うね。気づいていなかったのなら教えてあげよう。  今私と心中しかけているのは他でもない、君だ。この窮地を一人で乗り切れると思うか」 「犯罪者と手を組むくらいなら―――」 「座して死を待つ方がまし?潔いね。何とも安っぽい生き様だ」 刑事の刺すような視線を受けて、男はなおも言葉を紡ぐ。 「体面にこだわって生き急ぐ輩は所詮二流だ。  死んで成し遂げられることなんてたかが知れているし、  そのささやかな成果を自分の目で見届けることもない。まさに犬死にだな」 刑事は立ち上がり、無言で男の襟首に手を掛けた。 男は掴み上げられたまま、双眸を細めて冷ややかに刑事を見つめ返した。 「違う、と否定すればいい。ここで死んでも悔いはないと、神かけて誓えるものなら」 一瞬の逡巡の後、刑事は苦々しげに手を離した。 固い床に勢いよく放り出された男は、後頭部をさすりながら上体を起こした。 「ひどいなぁ、あまり乱暴にしないでくれないか。荒っぽいのは好きじゃないんだ。  君みたいな狂犬に本気で噛み付かれたら、ひとたまりもない」 「……それで。何か手立てはあるのか」 「脱出の? まあ、無いこともない」 気のない返事をして、男は服の乱れをおざなりに整える。 「とりあえず私が見張りを適当に丸め込んで”仲良し”になる。  こちらの意図を悟らせぬよう、必要なものを数点都合させる。  それらを使ってここを出る。あとはただひたすらに逃げる。  すんなり抜け出せればよし、荒事になったら君の出番。以上だ」 「えらく大雑把なプランだな」 「冗長性があると言ってくれ。下手に作り込まない方が融通は利くものだ」 「……まあいいだろう、精々働いてもらうぞ。だが恩には着ない。  用が済んだらきっちり捕まえて刑務所へブチ込んでやる」 「自信満々だね、実に結構。お手並み拝見といこうか」 男の言葉を無視して、刑事はごろりと床に寝そべった。 「お、おい……」 「寝る。30分は起こすな」 その言に違わず、刑事は間もなく眠りに落ちた。 男は困惑しつつ刑事の顔に手をかざしてみたが、熟睡しているのか目を覚ます気配はない。 「呆れた……シンプルな男だな、君は。かえって扱いに困ってしまうよ」 先ほどまで敵視していた相手を、暫定的に味方と認識したのだろうか。 普通、人間とはそれほど簡単に割り切れるものではない。 「私のことなど何一つ信じていないくせに、それでも受け入れるのか」 男は心なし切なげに笑って、視線を落とした。 獣の合理性をそなえた手負いの刑事は、来るべき時に向けて力を蓄えている。 寝顔からは独特の険が抜けて、いくらか若くみえた。 「……お休み、刑事さん」 ぬるんだ部屋に、どこからともなく湿り気を帯びた夜気が混じりはじめる。 男は膝の上で両手を組み、祈るように瞑目した。長い夜が始まる。 ----   [[水着>18-629]] ----

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