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朝。 俺を眠りから目覚めさせたのは、カーテンの窓から漏れる光でも小鳥のさえずりでもなければ、はたまたお転婆な妹でもドジっ子な幼馴染でもなく、 「っ…う、はっ…ぅ、く……っだあああぁあああ!!」 めちゃくちゃ苦しい金縛り、だった。 「おや、おはようございます岬。今日は少し時間が掛かりましたね」 「ゆ…雪弥、お前…。人を金縛りで起こすなと、何回も言ってるだろ…」 息も絶え絶えな俺を意にも介さず、目の前の男は楽しそうに声を上げて笑う。縁なし眼鏡の奥の瞳が細められ、小さく震える肩にはらりと、男にしてはいやに綺麗な黒髪の、結い上げた一束が落ちた。 深見 雪弥。 図らずも俺の同居人にして、今から100年以上も昔にこの場所で亡くなった――幽霊。 「私は嬉しいんですよ。初めて、対等に接してくれる方に出会えたんですから」 「そう言うけどな、俺からすればお前も十分変な奴だ」 どういうわけか、俺はガキの頃からそういう…いわゆる「この世ならざるもの」が見える力があった。 そのせいで親には不気味がられ、同年代の奴には苛められ……そして今は大学にもバイトにも行かず、一日をほとんどこの部屋から出ずに終える生活が続いている。 俺はいつしか非科学的な話のすべてを嫌うようになり、それでも、なぜか雪弥といるのだけは苦にならなかった。 それはたぶん、こいつが他のそういう奴らとは、あまりにも違っていたからだと思う。 幽霊ってのは、自分を見ることの出来る人間が分かるらしい。 そういう奴を見つけると、助けてくれ、ってまとわり憑いてくる。ここから出してくれって、すがり憑いてくる。 けれど雪弥は違った。ドアを開けたらもうそこにいて、視線が合うや否や笑って、 「こんにちは。相部屋ですが構いませんか?」 なんて聞いてきた。 それからだ。俺と雪弥の同居生活が始まったのは。 「岬。まだ、外へ出るのが怖いですか?」 「…そう、見えるか?」 「と、いいますか…今の岬は、あまり幸せそうには見えませんから」 雪弥はそう言って、寂しそうに目を伏せる。 幸せそうに見えない、か。そりゃ俺だって、いつまでもこのままじゃダメだってことくらい分かってる。けど、 「今は、まだ…無理だと思う」 「…そうですか」 雪弥はいつだって、自分の意見を俺に押し付けたりはしなかった。それはこのことに関しても同様で、俺は雪弥の優しさに甘え、逃げているのかもしれない。 けれど俺は、まだ強くはなれなかった。雪弥の言うとおり、俺は、 不意に、雪弥との距離が近づく。あ、と思うよりも早く、俺は雪弥の腕の中に閉じ込められていた。 もちろん、何も体感は出来なかった。それでも雪弥の腕は、しかと俺の背中に回されている。 「ゆ、雪弥?」 「…私に身体がないことを、こんなにも悔やんだことはありません」 「…え?」 私に身体があったのなら、貴方を思い切り抱きしめられたのに。 聞き取れたのはそれだけで、あとは嗚咽ばかりだった。 初めてだった。雪弥の涙を見たのも――俺のために、誰かが泣いてくれたのを見たのも。 「雪弥…ごめん」 雪弥が頭を振るのが分かる。俺はそっと、その頭を撫でてみる。 やっぱりそこには、なんの感触もなくて…けれど、ほんの一瞬。 確かな温もりを感じたような、気がした。 ちょっとだけ、前言撤回をさせてほしい。やっぱり俺は雪弥が嫌いだ。 子供のような悪戯をするくせに、妙なところでお節介で…俺はそのお節介に、本気でやられている。 「ありがとう、な…雪弥」 きっと強くなるから、待っていて。 小さな声で呟いて――俺も少しだけ、泣いた。
人外×オカルト嫌い ---- 朝。 俺を眠りから目覚めさせたのは、カーテンの窓から漏れる光でも小鳥のさえずりでもなければ、はたまたお転婆な妹でもドジっ子な幼馴染でもなく、 「っ…う、はっ…ぅ、く……っだあああぁあああ!!」 めちゃくちゃ苦しい金縛り、だった。 「おや、おはようございます岬。今日は少し時間が掛かりましたね」 「ゆ…雪弥、お前…。人を金縛りで起こすなと、何回も言ってるだろ…」 息も絶え絶えな俺を意にも介さず、目の前の男は楽しそうに声を上げて笑う。縁なし眼鏡の奥の瞳が細められ、小さく震える肩にはらりと、男にしてはいやに綺麗な黒髪の、結い上げた一束が落ちた。 深見 雪弥。 図らずも俺の同居人にして、今から100年以上も昔にこの場所で亡くなった――幽霊。 「私は嬉しいんですよ。初めて、対等に接してくれる方に出会えたんですから」 「そう言うけどな、俺からすればお前も十分変な奴だ」 どういうわけか、俺はガキの頃からそういう…いわゆる「この世ならざるもの」が見える力があった。 そのせいで親には不気味がられ、同年代の奴には苛められ……そして今は大学にもバイトにも行かず、一日をほとんどこの部屋から出ずに終える生活が続いている。 俺はいつしか非科学的な話のすべてを嫌うようになり、それでも、なぜか雪弥といるのだけは苦にならなかった。 それはたぶん、こいつが他のそういう奴らとは、あまりにも違っていたからだと思う。 幽霊ってのは、自分を見ることの出来る人間が分かるらしい。 そういう奴を見つけると、助けてくれ、ってまとわり憑いてくる。ここから出してくれって、すがり憑いてくる。 けれど雪弥は違った。ドアを開けたらもうそこにいて、視線が合うや否や笑って、 「こんにちは。相部屋ですが構いませんか?」 なんて聞いてきた。 それからだ。俺と雪弥の同居生活が始まったのは。 「岬。まだ、外へ出るのが怖いですか?」 「…そう、見えるか?」 「と、いいますか…今の岬は、あまり幸せそうには見えませんから」 雪弥はそう言って、寂しそうに目を伏せる。 幸せそうに見えない、か。そりゃ俺だって、いつまでもこのままじゃダメだってことくらい分かってる。けど、 「今は、まだ…無理だと思う」 「…そうですか」 雪弥はいつだって、自分の意見を俺に押し付けたりはしなかった。それはこのことに関しても同様で、俺は雪弥の優しさに甘え、逃げているのかもしれない。 けれど俺は、まだ強くはなれなかった。雪弥の言うとおり、俺は、 不意に、雪弥との距離が近づく。あ、と思うよりも早く、俺は雪弥の腕の中に閉じ込められていた。 もちろん、何も体感は出来なかった。それでも雪弥の腕は、しかと俺の背中に回されている。 「ゆ、雪弥?」 「…私に身体がないことを、こんなにも悔やんだことはありません」 「…え?」 私に身体があったのなら、貴方を思い切り抱きしめられたのに。 聞き取れたのはそれだけで、あとは嗚咽ばかりだった。 初めてだった。雪弥の涙を見たのも――俺のために、誰かが泣いてくれたのを見たのも。 「雪弥…ごめん」 雪弥が頭を振るのが分かる。俺はそっと、その頭を撫でてみる。 やっぱりそこには、なんの感触もなくて…けれど、ほんの一瞬。 確かな温もりを感じたような、気がした。 ちょっとだけ、前言撤回をさせてほしい。やっぱり俺は雪弥が嫌いだ。 子供のような悪戯をするくせに、妙なところでお節介で…俺はそのお節介に、本気でやられている。 「ありがとう、な…雪弥」 きっと強くなるから、待っていて。 小さな声で呟いて――俺も少しだけ、泣いた。

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