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君だけは笑っていて ---- 痛みという感覚は最早殆どなかった。 しかし死ぬんだなという静かな覚悟だけが存在していた。 その中で思い出したのはやはり弟たち2人の姿。 弟とはいっても俺とは血の繋がらない二人。 寡黙だが心根の優しい慎二と明るく穏やかな幸成。 (兄貴・・・)(兄ちゃん!) こんな頼りない俺の事をそれぞれの形で慕ってくれた。 事故で両親を失って以降はあいつらを幸せにする事だけが俺の生き甲斐だった。 哀しい、辛いと感じた事などは一度たりともない。 ああ、でも結局俺の貞操は保たれたままだったな・・。 薄れゆく意識の中で未だ煩悩が残っている事に冷静に驚く。 好きな人に抱かれるのはやはり何より気持ち良かったんだろうか。 体験してみたかった。 一度でもいいから触れてみたかった。 あいつはどんな顔をしたんだろう。 ここまで考えたところで己のくださなさに気付き、軽く哂う。 何を必死に守ってきたのだろう。 そもそも死ぬ時ってもっとまともな事考えるのかと思っていたが・・。 いや・・、俺の根っこはこんなもんだろう。分かっていた事じゃないか。 そんな俺のことですら、頭の中のあいつ・・慎二は静かに微笑みかけてくれた。 (・・・) 慎二の口が何かの言葉を紡いでいる。 何を・・・言っているのだろうか・・・。 でも、ありがとう・・・。 最期くらい都合よく解釈してもいいよ・・・な・・・・・・。 涙がいつの間にか零れていた。 そして優しい気持ちのまま目を閉じた。 兄貴が知らない病院で亡くなった。 俺たちに何の相談もなく、病気も手術の事も告げずに一人勝手に逝ってしまったと聞かされた時から俺は違和感を感じていた。 俺が兄貴の自室から見つけた手帳には何の情報も残っていなかった。 綴られていたのは俺たち兄弟との優しい日常だけ。涙が止まらなくなる穏やかな過去だけ。 でも、最後に一つ残されていた言葉。それだけが別の空気を纏っているように感じられた。 その意味を知りたくて必死になった。・・そして俺は辿り着いてしまった。 会社の負債を抱え込まされた挙句に風俗業、更には臓器売買を強要され、その手術中に失敗した医者に放置されて命を失ったという真実に。 そこから先はあまり覚えていない。 兄貴の会社の上司、風俗店店主、臓器売買のブローカー組織幹部、執刀した外科医、事件をもみ消した警察関係者、そして俺にこのネタを与える代わりに金をせびった元組織の情報屋・・ そいつらの大事なものを全て失わせ、その命をもって罪を贖わせた。 そして今の俺は完全に死に魅入られている。魂を売り続けた挙句、人ならざるものへと変化した悪魔そのものだ。 笑い方など・・・忘れた。 兄貴、俺約束守れなかった・・・ごめん。この先の世界でも逢いたかったけど、それは叶わないみたいだ・・・。 兄貴の最後の言葉に隠された哀しみに囚われてしまった。 俺だけ笑えなんて無理だ。兄貴が・・遼平が笑ってくれなけりゃ意味が無いんだ。 俺の腕の中で幸成が震えている。その細い首に軽くナイフを滑らせた。 それを見た刑事の目が大きく見開く。まるで自分が斬られたかのように痛々しく顔が歪む。 ・・ああ、こいつなら大丈夫だろうか。俺のように狂気に堕ちぬよう、幸成を救ってくれるのだろうか。 今はただこの直感を信じたい。 一瞬幸成の耳元に口を寄せる。ごめんな、ありがとうなと軽く告げ その反応を待たずして心の中で泣き叫びながら幸成の頭を拳銃の柄の部分で強く殴った。 幸成・・・、お前は一緒に笑い合える人と生き遂げろ。 俺も、そしてきっと兄貴もお前の笑顔に何度となく救われてきた。 でもな、自分の笑顔ってのは自分じゃ見えないんだ。 だからいっぱい微笑んでもらえ、いっぱい愛してもらえ。 それで天寿を全うして、もし向こうで兄貴に逢う事があったら、もう一人の兄ちゃんがこう言ってたと伝えてくれないか。 「ずっと愛してた・・・」と。 ----   [[深夜のテレビ観戦>17-909]] ----

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