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家族か恋人か
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同棲していた恋人と別れた。
理由は、奴が実家から勧められたお見合い相手との結婚を決めたから。
そりゃなあ、銀行関係は結婚して初めて信用できる一人前の銀行員として
認められるそうだから、いつかはこうなることはわかっていたんだが。
わかっていたからと言って、平静でいられるわけじゃないんだよな。
ともかく、奴の部屋は出て行かなければいけなかった。
元々最小限だった荷物を抱えて転がり込んだのは、年子だけど同学年の
弟の裕樹の部屋。
ルームシェアしていた友人が海外赴任で出て行った直後だなんて、すげえ
タイミング良くて笑える。
風呂上りに、共有リビングで共有キッチンの冷蔵庫に冷やされていた裕樹の
ビールを飲む。
俺はいつも発泡酒ばかりなのに、裕樹の奴、エビスなんぞ常備してやがる。生意気な。
俺が5本目のエビスのプルタブを開けたところで、風呂から裕樹が出てきた。
「基樹、風呂に入ったら蓋をしろよ。お湯が冷めて沸かしなおすガス代が
もったいない....って、俺のエビス!」
「大丈夫、風呂上りの一杯用には烏龍茶が残ってるから」
「大丈夫じゃねーよ!あーあ、5本中5本飲むかね、人のビールを」
「いいだろ、家族なんだから」
俺が5本目のビールを掲げて言うと、裕樹は微妙な顔をした。
ちょっと眉根を寄せて、怒ってるのとはちょっと違う...なんだ?まあいいや。
「家族と言っても今の家計は別なんだからな。後できっちり代金払えよ!」
「エビス飲めるお金持ちがせこいこと言うなよ」
「俺にとっては金曜日夜の風呂上りのエビスが唯一の贅沢なんだよ!タバコも、
外での飲みもやめて、自炊に手弁当、車も手放して、唯一の楽しみなんだよ!!」
「何でそんなに切り詰めてんだよ?結婚資金か?ちくしょー、お前も結婚なのか?
いいですねえ、幸せで!」
冷蔵庫から烏龍茶のペットボトルを取り出してソファーに座った裕樹を後ろから
チョークスリーパーで締め上げる。
裕樹は意外に強い力で俺の腕をゆるめると、むっとした顔で言った。
「そんなんじゃない!」
「隠すな、隠すな~。兄ちゃんに言ってみなさい」
「老後資金だよ。俺、一生結婚しないから」
「結婚しない?なんだ、お前もゲイだってか?」
「そうだよ」
思わず、俺は裕樹からぱっと手を離してしまった。
「お前、何冗談言ってんだよ。笑えないぞ」
「本当だよ」
裕樹は背後に立つ俺を、イヤに真剣な顔で見上げながら言った。
俺は今まで見たことのない裕樹の表情から目をそらしながら、その場を誤魔化す
ように笑った。
「やめとけやめとけ、こっちの世界、んなに甘くないんだからさ」
「あのさ。基樹が初めて男とキスする前から、俺、ゲイだって自覚あったんだぜ?」
「ちょっと待て、俺の男とのファーストキスって...」
「高校1年の冬、人気のない放課後の教室で、当時基樹が好きだった同じクラスの
高橋が相手。高橋が彼女とキスしたいけど自信がないって相談してきた時に、『練習
させてやるよ』って....」
「やめやめやめ~~!そんな黒歴史二度と口にするんじゃねえ!何でそんなことまで
知ってんだよ?!」
「あの後、彼女と別れた高橋と付き合って聞き出した」
「は?!」
「基樹が好きな奴がどんな奴か、知りたかったんだよ」
裕樹の手が俺の腕を掴む。
ぐいと引き寄せられ酔いも手伝ってバランスを崩した俺の体を、裕樹の腕が抱き止める。
裕樹の顔がすぐ近くにあった。
「俺、ずっと小さな頃から基樹のことだけが好きだったから」
キスされるかと思った。しかし、裕樹は長いこと俺の顔を見下ろした後で、ぎゅっと一度、
俺の体を抱きしめただけで俺の体を解放した。
「そういうわけだから、あんまり隙だらけの姿を見せるなよ。俺の心の安定のために、
基樹はさっさと新しい恋人でも作って出ていくように」
「新しい恋人を作れって、お前はそれでいいわけ?裕樹が俺の恋人になりたいとかは
思わないわけ?」
「俺は、家族だから。弟だから。それは何があっても変わらないから、それで十分なんだ。」
「....裕樹、実は酔ってないか?」
「俺の飲みたかったエビスは基樹が全部飲んだ」
「......」
「でも、基樹は酔ってるからさ。これは酔っ払い基樹の夢だと思って忘れてくれ」
裕樹はソファーから立ち上がると、封を開けないままの烏龍茶のペットボトルをテーブルに
置いたまま、自分の部屋に入っていった。
「忘れろだって?忘れられるわけねえだろ...」
取り残されたリビングで、俺はエビスの缶を煽った。
この一缶で記憶が飛んでくれれば、明日どんな顔をして裕樹におはようと言えば良いか
悩まずに済むのにと思いながら。
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[[黄金時代>17-489]]
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