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長い冬の終わり ---- 雪が溶け始める頃に、今年もあいつはやって来る。交代に来たよと優しい笑顔を浮かべて。 「何か変わりはあった?」 自分の軽い体を枝の上に座らせながら、春が聞いてくる。枝に残っていた雪は静かな音を立て、真下に落ちていった。 「あの赤い屋根の家に赤ん坊が生まれたよ」 すっと俺が指差すと、春は思い出したように目を細めた。 「そうだったね、この前はお腹の中にいたのに、早いもんだね」 後で見に行ってみようと楽し気にはしゃぐから、俺はわざとらしく溜め息をついた。 「お前は少ししかこの町にいられないから早く感じるかもしれないけど、俺はもう飽きるほどだ」 この町の冬は長いから、その間ずっと一人でただただ雪を降らせるだけの仕事。降らせ過ぎれば嫌われるし、降らさなければ心配される、加減の難しい仕事。 春はけたけたと、柔らかな髪を揺らして笑う。 「冬の仕事は大変だねえ。僕なんて、ほら、こうやってれば良いんだから、楽なもんだよ」 そう言ってクイッと指先を動かすだけで、俺が地面に眠らせていた植物や動物を起こしてしまう。簡単な動作なのに、その瞬間から止まっていたものが動き出す。 柔らかな日差し、楽しそうな人達。そういったものは、冬にはなかった。 時々、春が羨ましいと思う。出来ることなら春になりたかった。 黙って春の横顔を見ていると、雪が溶けて小川になる音がした。 「行く時間だ」 すっかり流れてしまった雲を合図に腰を上げると、春が驚いたように顔を上げる。 「もうそんな時間?」 俺を惜しんでくれるのは、春だけ。俺は照れ臭い気持ちで頷く。 春は立ち上がって、俺に手を差し出す。別れの握手。いつもの、お決まりの挨拶。握った手は、俺と正反対に温かかった。 「またね」 春の頬は俺と入れ違いに咲く花と同じ色。二人並んで見ることはない、花の色。 「ああ、また来年」 冬として生きて、またお前に逢えることを楽しみにしているよ。
長い冬の終わり ---- 雪が溶け始める頃に、今年もあいつはやって来る。交代に来たよと優しい笑顔を浮かべて。 「何か変わりはあった?」 自分の軽い体を枝の上に座らせながら、春が聞いてくる。枝に残っていた雪は静かな音を立て、真下に落ちていった。 「あの赤い屋根の家に赤ん坊が生まれたよ」 すっと俺が指差すと、春は思い出したように目を細めた。 「そうだったね、この前はお腹の中にいたのに、早いもんだね」 後で見に行ってみようと楽し気にはしゃぐから、俺はわざとらしく溜め息をついた。 「お前は少ししかこの町にいられないから早く感じるかもしれないけど、俺はもう飽きるほどだ」 この町の冬は長いから、その間ずっと一人でただただ雪を降らせるだけの仕事。降らせ過ぎれば嫌われるし、降らさなければ心配される、加減の難しい仕事。 春はけたけたと、柔らかな髪を揺らして笑う。 「冬の仕事は大変だねえ。僕なんて、ほら、こうやってれば良いんだから、楽なもんだよ」 そう言ってクイッと指先を動かすだけで、俺が地面に眠らせていた植物や動物を起こしてしまう。簡単な動作なのに、その瞬間から止まっていたものが動き出す。 柔らかな日差し、楽しそうな人達。そういったものは、冬にはなかった。 時々、春が羨ましいと思う。出来ることなら春になりたかった。 黙って春の横顔を見ていると、雪が溶けて小川になる音がした。 「行く時間だ」 すっかり流れてしまった雲を合図に腰を上げると、春が驚いたように顔を上げる。 「もうそんな時間?」 俺を惜しんでくれるのは、春だけ。俺は照れ臭い気持ちで頷く。 春は立ち上がって、俺に手を差し出す。別れの握手。いつもの、お決まりの挨拶。握った手は、俺と正反対に温かかった。 「またね」 春の頬は俺と入れ違いに咲く花と同じ色。二人並んで見ることはない、花の色。 「ああ、また来年」 冬として生きて、またお前に逢えることを楽しみにしているよ。 ---- [[恋すてふ わが名はまだき たちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか>15-649]] ----

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