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男の娘受け
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「ですから」
楓は、困惑したように眉を寄せた。
「僕は普通の男なんですよ。こんな格好をしていますし、顔も父よりは母似ですが」
「知っている」
そう言うと表情が歪んだ。警戒の色はますます濃くなる。
「知ってるのなら尚更……本気なんですか、僕を『娶る』だなんて」
「分家風情は、本家の命令には逆らえんのさ」
「そんなのおかしいです」
言いながら後ずさろうとするが、その後ろにはもう壁が迫っている。
向こうもそれに気付いたのか、一瞬だけこちらから視線が外れた。
その隙に距離を詰めて、手首を掴む。「痛い」と小さく漏れた声は無視して、その手をじっと眺めた。
「細い腕だ。色も白い。今このときでも、女だと言われたら信じそうになる」
子供の頃に一度だけ、楓を見たことがある。
父に連れられて、旧正月の挨拶をしに本家を訪れたときのことだ。
――あそこにいるのが本家の紅葉ちゃんと楓ちゃんだ。一緒に遊んで来るか?
父が指した先の部屋には『女の子』が二人いた。二人はお揃いの着物を着て、人形遊びをしていた。
そのときは、自分は男だから人形遊びなどしないと言った。父は残念そうな顔をした。
子供心に、ああ父は本家の姉妹に自分を近づけたいのだな、とわかった。
子供なら無邪気さを盾に、本家も分家もなかろうと考えたのだろう。
結局、姉妹とは一言も言葉を交わさないまま家に帰った。
あれが『姉妹』ではなく『姉弟』だと知ったのは、それから随分後の話だ。
彼とはそれ以来、十数年振りの邂逅だった。
「――離してください!」
思いのほか強い力で振り払われそうになって、我に帰った。
慌ててすぐに手を離したのだが、楓は強く睨みつけてくる。
「貴方は本家の命令なら何でもきくんですか。女の格好をしてる男を本妻として迎えるなんて正気じゃない」
「まあ、自覚はあるさ。だが俺を正気じゃないと言うなら、お前の母親はどうなんだ?」
そう言った途端、楓の表情が強ばった。
本家に生まれた男子はまず女の格好をさせるのが、家に伝わる古くからの因習だった。
大事な男子を『外側のモノ』に気に入られて連れ去られないため、だとされている。
しかしそれは幼い頃だけの、形式上の話で、成長してもなお引きずる類のものではない。
だが、目の前にいる楓は今も女物の服を着て、黒髪も美しく伸ばしたままだ。
殆ど日に当たっていないのか肌は透けるように白く、身体つきも華奢だった。
「跡取りとして育ててきた息子をこのまま分家に『嫁がせる』、突然そんなことを言い出したのはお前の母親だ。違うか?」
静かに問うと、楓は苦しそうな表情になって目を逸らした。
「お前にしても同じだ。因習だかまじないだか知らないが、お前の言うとおりこの件は普通じゃない。
だが俺に拒否しろと言う前に、お前が拒めばいい話じゃないのか。なぜそれをしない?」
「それは…」
「何があった。………なぜ、お前の姉は死んだ?」
胸の内にあった疑問をぶつけてみたが、答えはない。その代わりのように
「母さんは、もう正気じゃありません」
と小さな呟きが返って来た。
そして更に細い声で「きっと僕もおかしくなっているんです」と続く。
さっきまでの勢いは消え、弱々しく顔を伏せる楓は、やはり見目は女のようだった。
「似ているな」
無意識に漏れた呟きに、楓が「え?」と顔をあげた。ひどく無防備な表情だった。
――本当によく似ている。紅葉に。
そう思った瞬間、抱き寄せて唇を重ねていた。
楓の身体は強張ったが、なぜか抵抗はない。逆に力が抜けたように、こちらに寄りかかってくる。
ほどなくして唇を解放して、楓の耳元で囁く。彼に、そして自分に言い聞かせるように。
「俺はお前を娶る」
自分でもどうかしていると思う。
しかし、目の前のこの男を手元に置きたいという思いは本心だった。
ただ、その思いが、数ヶ月前のあの電話の所為だけなのか、既にわからなくなり始めていた。
――もしも私に何かあったら弟を……楓を、どうか助けて。お願いします。
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[[男の娘受け>16-829-1]]
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