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その笑顔に心は千々に乱れる ---- 「ん?」 気まぐれに名前を呼んだら、振り向いたその顔はやっぱり笑顔だった。こいつは、いつもいつも笑顔だ。 少しだけ嘘くさい。作ったようにも見える笑顔。 「どうした?」 自分から呼んだ癖に、続く言葉が思い浮かばなくて黙り込む俺にそいつは少しだけ腰を屈めて、視線を合わせてくる。いつもは自分が見上げるだけの笑顔に、ドキリと心臓が跳ねたような気がする。 言葉が喉の奥に引っ掛かったまま、出てこない。「なんでもない。呼んだだけ」と、笑って言えば良いだけなのに。 言葉の代わりに、思わず手を延ばして、頬に触れていた。驚いたように微かに肩を竦めたそいつの髪がさらりと揺れる。 シャンプーとワックスの混じり合った匂いは、女の子の甘いそれとは全然違う。分かっているのにくらくらして、気付いたらそいつを引き寄せて唇を合わせていた。 一瞬だけ触れて、直ぐに離れるだけのキス。自分でも半ば無意識での行動に、取り繕う言葉は直ぐには思い浮かばない。 気付けば、目の前に有ったいつも笑顔は消えて。少し赤い頬で口許を手で覆うそいつは、眉を下げ困ったような笑顔でこちらを見ていた。 こんな時でも笑おうとするのか。そんな思いが脳裏を過ぎる。 ただ、いつもの作りものとは違うその笑顔に心がざわざわと揺れた。 抱きしめたい。けれど、冗談にしてしまいたい。 その、困ったような笑顔さえ崩れたら友達にすら戻れないだろうから。 ----   [[君と会うのはいつも真夜中>16-589]] ----

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