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君が好きだ ---- 「君が好きだ」 「へえ、俺は白身も好きだけどな」 朝食のサラダをフォークでつつきながら、彼は答えた。 頬杖をつき、かき回すだけで一向に食べる様子はないサラダに視線を据えて。 僕はもう一度繰り返す。 「君が好きだ」 「そんなに好きなら、俺のやるよ」 ぐちゃぐちゃになったサラダから、スライスされたタマゴを探し出し、僕の皿へと移す。 タマゴが形を崩してテーブルにいくつも落ちたが、彼は気に留めはしないようだ。 白い輪になった白身だけが、僕のサラダの上に積まれていく。 「君が」 「ああ、白身ばっかりになっちゃったな」 彼はそう言って、僕の言葉を遮った。 「悪い悪い。白身は嫌いなんだっけ?俺が食ってやろうか」 気怠く笑うその時の目も、僕に向けられはしない。 「ふざけないで聞いてくれ」 「ふざけてんのはお前だろ」 小さく吐き捨てるように彼は呟いた。 弄んでいたフォークを皿に投げ出す。 そして彼は深くため息をつき、椅子の背もたれに身体を預け俯いた。 「ちゃんと聞いて欲しい」 「何だよめんどくせえな。それ今話さにゃならんこと?俺朝メシ中なんですけど」 「こっちを向いてくれないか」 「…」 「僕を見て」 僕の声など聞こえていないかのように、彼は俯いたままだった。 だから、僕は、彼の名を呼んだ。 恐る恐る発せられた、小さく消え入りそうな声だったと思う。 しかしその声に彼は弾かれたように顔を上げ、僕はやっと彼の目を見ることが出来た。 驚いて見開かれた目には、確かに僕が映っている。 この部屋に来てから、彼の名を口にしたのは、これが初めてだった。 捕らえた視線を逃すまいと、僕はもう一度、今度はしっかりと相手に届く声で、彼の名を呼んだ。 懐かしい響きを持つ、その名を呼んだ。 彼は息を飲み込み、全身を強ばらせる。 追い詰めるつもりはないのだと、出来る限りの優しさを込めて、僕は再び告白をする。 「君が好きだ」 彼は顔を歪め、両手で耳を塞いだ。 「…やめろ」 聞きたくないとばかりに、首を横に振る。 耳を塞いだ両手の、白いシャツから覗いて見える手首には、布が強く擦れてできた赤い傷痕。 僕はゆっくりと、彼へ近寄った。 「来るな」 震える声で彼が言う。 テーブルの上の皿を、僕に向かって投げつけようとしたが、それは虚しく床を転がっただけっだった。 近づく僕を避けようと、彼は椅子から立ち上がり数歩後ずさった。 重い鎖の音が部屋に響き渡る。 その音を聞いた彼は、再び動くことが出来なくなる。 微かに震える彼の前に、僕は立った。 視線すら逸らせずに、目には涙が滲んでいた。 「好きだ」 そっと手を伸ばし、彼の頬に指先が触れたとき、その涙が零れた。 「嘘だ」 「嘘なものか」 僕は微笑み、彼の頬を両手で包み込んだ。 彼はまるで発作でも起こしたように、肩を震わせて息を吸い込む。 そして搾り出すような声で僕に訊ねた。 「じゃ…なんで、こんなこと」 小鳥のさえずりが聞こえる。 格子窓のから注ぐ朝の太陽の光は、僕たちに影を作っている。 僕は彼の目を見つめて答えた。 「君が、好きだから」 ----   [[君が好きだ>16-569-3]] ----

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