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「16-139」(2009/04/17 (金) 20:16:22) の最新版変更点
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つ まとめBBSのチラシの裏 ソムリエスレのコピペ
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マンション一階の郵便受けを覗いたら見慣れたDMに混ざってチラシが入っていた。
近所のスーパーの安売りチラシ。
黄色いざらざらする紙は片面刷りで、裏には鉛筆で文字が書かれている。
【ゆーきくんがだいすきです。
おおきくなったらおれのおよめさんになってください。】
俺の名前はユウキだけれど平仮名の手紙を貰う覚えはない。
差出人の名を探したけれど、どこにも書かれてはいなかった。
「ゆーきくん、か……」
まだ俺が高校生だったとき、俺の名を優しく呼んでくれた人がいた。
近所に住んでいた松本さんを俺は愛していた。
松本さんは奥さんを早くに亡くされて、まだ二つの息子さん、あきらくんと二人暮らしだった。
その時の俺はとにかく夢中で松本さん以外は何も目に入らなかった。
だから近所や親が俺と松本さんの仲を疑ってるのに気づけなかった。
更にそれに気づいた松本さんが引っ越しの準備をしているのも、何も。
突然空き家になった家を見て俺は泣くことも出来ずに呆然となった。
庭に置き捨てられた特売チラシの裏には「愛してる」が薄い文字で書かれていた。
そこまで思い出して、俺は勢いよく郵便受けの戸を閉めた。
「これ、貰っちゃおうかなぁ」
マンションの掲示板で落とし物として貼るのは嫌だし、返す先も分からない。
やもめは辛いよ、と笑っていつも激安のチラシとにらめっこしてた松本さん。
昔、ソムリエになりたかったと遠い目をして聞かせてくれたこともあった。
そして俺は昨年、松本さんの影を追うようにしてソムリエの資格をとった。
「あー、にいちゃん、なんでそれ持ってるんだよ!」
子供独特の舌っ足らずな声に振り返ると小学生らしき男の子が立っていた。
彼と同じ目線までしゃがみ、黄色い紙を見せる。
「これ、君の?」
問いかけるとおう!と男の子は元気よく返事した。
「俺のポストに入ってたよ」
ざらざらの紙を手渡す。
「おれ、入れるとこ間違えたのかも。ごめんなさい」
素直に謝った男の子に手を振って構わないと返事をする。
「おれさ、ぜったいゆーきとけっこんするんだ!」
嬉しそうな表情に胸が苦しくなって俺は曖昧に笑んだ。
「そっか、幸せになれよ」
頭を撫でてやると男の子は大きく自信たっぷりと言うように頷いた。
「にーちゃん、いい人だな」
思い出に引き摺られて感傷的になっている俺はそう?とだけ返す。
「うん、とーちゃんは男同士は結婚できないから無駄って言うんだぜー」
そのとおりだよ、と俺は心の中で叫んだ。
そのとおりだよ、君のお父さんはとっても正しい。
「君がゆーきくんを大好きなら問題無いよ」
大事なのは紙の誓約よりも気持ちの誓約なんだよ。
郵便受けに泣きそうな俺が映ってて、俺は無理矢理に笑った。
その時、ガラス扉が左右に開き、マンションの住人を迎え入れた。
「とーさん!」
男の子が弾かれたようにスーツ姿の男性に抱きついた。
足下の黒い革靴から俺はゆっくりと視線を上に向ける。
「ただいま、あきら。誰かと遊んでたのかい?」
あきら、と発音した口元から目が離せない。
「おにーちゃんがね、ゆーきとけっこんできるって言ってくれたー」
嬉しそうに、男の子は男性に話し続ける。
「おれがゆーきを好きなら、大丈夫なんだって!」
空気が冷たくて、呼吸の方法が分からなくなった。
男性の視線がこちらを向く。
「ゆうき……くん、ゆうきくんだろう?」
声も瞳も、夢の中でしか会えないものだと思っていたのに。
「松本、さん」
言う言葉もするべき動作も見つからなくて俺はただ立っているだけだった。
「なに?おにーちゃんととーさん、おともだち?」
「うーん、おともだちとはちょっと違うかな」
松本さんは困ったように笑う。
それから俺の目を見て、言った。
「この人はね、お父さんのゆーきくんだよ」
黄色いざらざらのチラシが、俺の心の中で舞い上がった。
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[[誇り>16-149]]
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