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陰間茶屋 ---- 目を開いていても瞑っていても考えるのはあんたのことだけ、 幾度抱かれようが何を言わされようが、心まで許した覚えは一度もねえ。 「有明よ、こんな遅くまで何をしている」 「なんでえこの店は、番頭に許しを請わなけりゃ月見もできねえのか」 「その物言い、直さねえうちに一花終わっちまったな」 「はん、上方育ちの気色の悪い話し方なんて真似したくねえよ」 「まったく、愛想がねえな」 「だけども売れっ子だったぜ、生まれ持った顔のおかげでな」 「それも明日からはどうなることやら」 「女の客なんて少うし優しくしてやりゃあすぐ喜ぶ、男よりよっぽど楽だ」 「ま、手前ならうまくやるだろうな」 「おう」 「最後の客があの坊さんとは、お前もよくよく運がない男だ」 「あんの生臭坊主、死んだら必ず地獄に落ちるだろうよ」 「今日もひどくされたか」 「毎度のことよ」 「そうか、お疲れさん」 「……清正さん、暇はあるかい」 「何か?」 「今日で男相手は終いだが、締めくくりがあの爺さんじゃ胸糞悪い」 「ほう」 「あんた、俺と寝ないか」 「阿呆、手前は売りものだぞ。手ぇつけられるかよ」 「売れっ子のささやかな望みくらい大人しく聞きやがれ」 「本気か」 「あぁ、あんたにゃ世話にもなったし、坊主よりゃずいぶんマシだ」 「……最後の男っつうのも荷が重いもんだな」 「あんたは何も気にするこたぁねえ、俺の我が侭なんだから」 「有明、なぜ泣く」 「泣いてねえよ」 「こんなに涙を溜めておいて、不思議なことを言う」 「黙って脱げよ」 「なぁ、どうした」 「……初めてなんだ」 「初めて? 何が?」 「こんな風に顔が火照るのは」 「俺は客じゃねえぞ」 「わかってる、あんたは清正だ、茶屋の番頭だ」 「嘘も無理も俺にゃあ要らねえ」 「俺はあんたの前だからこそ嘘なんかつかねえのよ」 「えらい殺し文句だな……」 「あんたはこの夜だけ俺のもんだ」 「待てよ、それは売る側の台詞じゃねえだろ」 「そう思うならあんたが言ってみろ」 「“おまえは俺のもんだ”」 「……大根役者」 「手前なあ」 「もっと言えよ、それ。ずっと言ってろ」 「こういうのが好みか」 「あった方がその気になる」 「可愛いところもあるのな、手前」 「少しは黙ってられねえのか、やることやる前に朝が来ちまう」 「悪いな。じゃあそら、口吸いだ」 「馬鹿野郎、目も閉じろ……」 目を開いていても瞑っていても思い出すのは手前のことだけ、 どんなに美しい女を抱こうが甘い言葉を与えようが、心をかけた夜は一度だけ。
陰間茶屋 ---- 目を開いていても瞑っていても考えるのはあんたのことだけ、 幾度抱かれようが何を言わされようが、心まで許した覚えは一度もねえ。 「有明よ、こんな遅くまで何をしている」 「なんでえこの店は、番頭に許しを請わなけりゃ月見もできねえのか」 「その物言い、直さねえうちに一花終わっちまったな」 「はん、上方育ちの気色の悪い話し方なんて真似したくねえよ」 「まったく、愛想がねえな」 「だけども売れっ子だったぜ、生まれ持った顔のおかげでな」 「それも明日からはどうなることやら」 「女の客なんて少うし優しくしてやりゃあすぐ喜ぶ、男よりよっぽど楽だ」 「ま、手前ならうまくやるだろうな」 「おう」 「最後の客があの坊さんとは、お前もよくよく運がない男だ」 「あんの生臭坊主、死んだら必ず地獄に落ちるだろうよ」 「今日もひどくされたか」 「毎度のことよ」 「そうか、お疲れさん」 「……清正さん、暇はあるかい」 「何か?」 「今日で男相手は終いだが、締めくくりがあの爺さんじゃ胸糞悪い」 「ほう」 「あんた、俺と寝ないか」 「阿呆、手前は売りものだぞ。手ぇつけられるかよ」 「売れっ子のささやかな望みくらい大人しく聞きやがれ」 「本気か」 「あぁ、あんたにゃ世話にもなったし、坊主よりゃずいぶんマシだ」 「……最後の男っつうのも荷が重いもんだな」 「あんたは何も気にするこたぁねえ、俺の我が侭なんだから」 「有明、なぜ泣く」 「泣いてねえよ」 「こんなに涙を溜めておいて、不思議なことを言う」 「黙って脱げよ」 「なぁ、どうした」 「……初めてなんだ」 「初めて? 何が?」 「こんな風に顔が火照るのは」 「俺は客じゃねえぞ」 「わかってる、あんたは清正だ、茶屋の番頭だ」 「嘘も無理も俺にゃあ要らねえ」 「俺はあんたの前だからこそ嘘なんかつかねえのよ」 「えらい殺し文句だな……」 「あんたはこの夜だけ俺のもんだ」 「待てよ、それは売る側の台詞じゃねえだろ」 「そう思うならあんたが言ってみろ」 「“おまえは俺のもんだ”」 「……大根役者」 「手前なあ」 「もっと言えよ、それ。ずっと言ってろ」 「こういうのが好みか」 「あった方がその気になる」 「可愛いところもあるのな、手前」 「少しは黙ってられねえのか、やることやる前に朝が来ちまう」 「悪いな。じゃあそら、口吸いだ」 「馬鹿野郎、目も閉じろ……」 目を開いていても瞑っていても思い出すのは手前のことだけ、 どんなに美しい女を抱こうが甘い言葉を与えようが、心をかけた夜は一度だけ。 ---- [[友情です>15-219]] ----

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