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病院と注射 ---- 突き当たりのドアを開ける。 診察室の主はこちらを振り返り、嬉しそうにギシギシと椅子を鳴らした。 「久しぶりだねぇ君。元気?」 この男は、いつ見ても場違いなほどにこやかだ。 「ここは病院ですよ先生。元気なら来ません。」 「たまには僕の顔見に来てくれたっていいじゃないか。で、どうしたの?今日は。」 御歳36になる若先生(通称)は、幼い頃かかりつけだった老医師の息子だ。 既に父親は引退し、診療所にただ一人の医師となった今もこの呼称は健在だ。 彼との付き合いは長い。初対面は確か中学生に上がったばかりの頃だ。 結核の感染を疑われたとき、ツベルクリン注射を担当したのが彼だった。 一週間後、赤く膨れ上がった6cmほどのツベルクリン反応を見て、 「おお、こりゃ立派なツ反だねぇ、こんなの初めて見たよ。」 と嬉しそうにのたまい、付き添いの母を動転させたのを今でも覚えている。 諸々の検査の結果陰性だったのだが、しばらく母の怒りはおさまらなかった。 常識人の父親に似ず、風変わりなひとだと思った。 「今日は注射打っとくよ。あと、薬一週間分出しとくから。」 そう言い終える頃には、ふくよかな中年の看護士が心得たようにトレーを運んで来る。 「じゃ、腕出して。」 腕の内側、関節付近の血管を親指で探る。 その間、眉から鼻筋にかけての整った曲線をぼんやりと眺めている。 目が鋭い。彼が真顔を見せるのは、この時ぐらいじゃないかと思う。 意外とサマになってるじゃないか、などと考えているうちに、二度三度と針を刺された。 「ほれ、終わったよ。お疲れさん。」 「…いてて。先生、昔から注射だけは苦手でしたよね。一度で済んだ試しがない。」 「君の血管細いんだよねぇ。針が入りにくい。」 自らの不器用さを棚に上げて文句をつける。その大人気なさに、つい笑ってしまう。 患者の気持ちを和らげることに関して言えば、彼は名医なのかも知れなかった。 これで注射さえ巧ければなぁ、と思ったことは秘密にしておく。 ----   [[病院と注射>2-469-1]] ----

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