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Q.あなたは人を殺したことがありますか? ---- 当時私は学生でした。何のことはない、どこにでもいるような普通の学生です。 特別学業ができたわけでも、スポーツができたわけでもありません。 友人らとバカをやって、騒いで、笑う、そんな事を繰り返していました。 そんな当時、私とよくつるんでいた友人の中に、夢野、という男がいました。 彼は線が細く、いくらか中性的な顔をしていて、私達がどんなに騒いでいてもいつも穏やかに笑っている、そんな印象の男でした。その割に手が出るのは誰よりも早かった。 彼とはクラスが同じ、家も学校から同方向という事もあって特に仲の良い男でした。 ある時、夢野がとても深刻そうな目で、「相談にのって欲しい」と言ってきました。 別の友人達の相談にのるのはよくあることだったのですが、夢野から、というのは珍しかった。 夢野の顔はとても深刻そうで、クラスの誰それが好きだなどの所謂よくある相談とは違うな、と直感しました。 私は相談に乗ることは確かに多かったのですが、それほど大きな器を持っているわけではありません。それどころか器は誰よりも小さかったでしょう。 誰かの相談に乗るふりをしてその人の弱みを握ることに優越感を感じていたし、 誰かの悩みが私の助言で晴れるのであれば、「自分のおかげだ」と一人満足するような人間でした。 ですから、夢野の相談に深刻なものを感じた時、正直私は面倒だと思ったし、恐れてもいました。 そんな深刻な悩みを解決することが自分にはどれくらい難しいか、臆病ながらわかっていました。 それでも、ここで信用を失うことのほうが当時の私は怖かった。だから了承しました。 放課後、人気のない教室で、私は夢野の告白を聞いたのです。 夢野は母親が病気で亡くなったらしく、当時父親と二人で暮らしていました。夫婦仲の良い家族だったというのを夢野から聞いたことがあります。 夢野は言いました、「毎晩父に抱かれている」と。 私は一瞬理解できず、怪訝な目で夢野を見たのだと思います。 夢野はそんな私を見て、「驚くのも当然だ」と笑いました。無理に笑っていたのだと、今ならわかります。 どうやら夢野の父親はほんとうに夢野の母親を愛していたのでしょう。ひどくふさぎ込み、一時期は仕事もやめていたようです。 そして、夢野は成長するにしたがって夢野の母親に似ていった。 夢野の父親は夢野の事を母親の名前で呼び、行為を強制するのだそうです。 夢野は子どもながらに父親を哀れみ、「いつか元の父親に戻ってくれるだろう」と最初は好きにさせていたようですが、 いつまでも終わる気配は無く、どうしよう、と思う頃には手遅れになっていたそうです。 「抵抗すれば殴られたよ」と笑っていました。 昼間は普通の父親なのに、夜になると怖い、と夢野は言いました。声が震えていたのに気づいたのは、ずっと後でした。 その話を聞いた時、薄情にも私はこれが自分の範囲ではどうしようもできないことだとまず最初に考えました。 あまりにも深刻な話でした。どう答えを返したらいいかわかりません。 的確なアドバイスなどどこにあったのでしょう、それでも、私にはきっと人として取るべき反応はもっと、山ほどあったはずでした。 慰める、話を聞いてやる、他にも、もっとできたのでしょう。 それでも、私はそうしませんでした。パニックになっていた、と言えば聞こえはいいのでしょうが、それは体の良い言い訳です。 ……ああ、本当に、言い訳にもなりません。 私は答えが見つからず、信用を失う事に恐れ、逃げたのです。私は友人に一番取ってはいけない対応をしました。 ……私は、「気持ち悪い」と夢野を散々罵倒してその場から逃げ出しました。 逃げて、急いで帰宅して時間が経つと、停止していた頭がゆっくり回り出しました。。 そして夢野が明日、自分の対応を他の友人に話したらどうなるだろう、という酷く汚い事を考えました。 私はどこまでも自分の保身しか考えていませんでした。 どうしよう、どうしようと考えているうちに次の日が来て、結論の出ないまま翌日を迎えました。 母に追い出されるように家を出て、まるで処刑場に行くかのような足取りで学校、教室に向かいました。 夢野は来ていませんでした。いつもの友人達に挨拶をして、いつものようにくだらない話をして、内心ずっとびくびくしながら朝のHRを迎えました。 教室に入ってきた先生は青ざめた顔をしていて、その違和感に気付き教室の雰囲気が緊張したものに変わりました。 青ざめた顔の教師から告げられたのは、夢野の事故死でした。 それを聞いた時の私の心境は、何とも言えません。安堵と喪失感、現実味の無さ、力が抜けていくような気がしました。 夢野が死んだ場所は、見晴らしの良い一本道で交通事故が起きやすいような場所ではありませんでした。 どこで聞いてきたのか、運転手はあっちから飛び込んできたと言ったらしい、という話も聞きました。 自殺ではないか、という話がまことしやかに噂されました。 私はやっと自分がとんでもないことをしてしまったのではないかと自覚しました。 夢野の父親は心此処にあらずという有り様でした。彼が抜け殻になるほどの理由を、私だけが知っていました。 夢野があの日自殺したのだとしたら、やはり理由は一つしかありません。 私の対応に裏切られた夢野は自殺したのです。あれは重大な話でした。身内と自分の恥です。 夢野は私に相談するのにもきっと悩んだでしょう。あの深刻そうな顔を、私はそれまで見たことがありませんでした。 夢野は私の事を信用して話してくれたのに、私は彼を手ひどく裏切りました。どれほどの苦痛だったことでしょう。 あの日、夢野を殺したのは私です。私は人を殺しました。自ら手を下しはしなかったけれど、それでもあれは確かに殺人であったと私は思います。 テープの再生を切った。 目の前には古い友人の墓がある。「夢野」。 夢野の事故死の後、ほどなく父親も自殺したらしい。ここで一緒に眠っているのだろう。 テープの中にあった声は俺の友人、三好和彦のものだ。 テープは彼が入水した時持っていた鍵、そのコインロッカーの中から出てきた。遺書と断定された。 夢野が死んだ後、あいつは目に見えて変わってしまった。 以前までの快活とした彼はどこかに行ってしまって、いつも何かに怯えているように見えた。口数も少なくなって、あまり意見も言わなくなった。相談には絶対にのろうとしなかった。 そんな三好から友人達は次第に離れていき、最期には俺くらいしか残らなかった。 俺がアイツを見捨てられなかったのは、夢野の「三好は多分あれですごく小心者だと思うよ」という一言が忘れられなかったからだ。 「誰かがついててあげないと」。あれはいつだったろう。 夢野の三好へのぼんやりした気持ちに気づいていたのは俺くらいだろうと思う。それが青春の勘違いなのか、それとも本物だったのか、俺にはもう判断がつかない。 だから、このテープは衝撃だったし、俺は夢野の死は本当に事故だったんだと確信した。 他でもない夢野が三好を小心者だと言ったのだから。そうと知っていたのだから。 「夢野、三好がそっちにいったよ……馬鹿野郎って一発殴っといてくれ。俺の分もさ」 ---- [[竜騎士と竜 >27-499]] ----

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