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耳たぶにキス ---- ローテーブルに突っ伏して寝ている先輩。 スッキリと短い髪のせいで、耳が天井を向いてむき出しになっている。 こんなチャンスはもう二度とないだろう。飲み会が苦手な先輩が、何の因果か今夜は酔ってうちに泊まっていくのだ。 据え膳は無理だが、ほんの少し、ちょっとだけの思い出がほしい。 俺は決心した。あの可愛い耳だけに触れるのだ。 不思議な形、自分のものとは全然ちがう、薄くて丸い、小さな耳たぶの子供のような耳。 隣の机にいるのに先輩はまっすぐモニターばかり見てるから、俺に向いてるのは毎日あの耳ばかり。 もう、なんだかとっくに俺のもののような気さえする。 真上にある電灯が煌々と先輩を照らす。 ローテーブルの向かいからだと届かないから、回り込んで背後から近づく。 丸まった背のすぐ後ろに立って、完全に気配を殺すために息を止めた。 空気を動かさないように、そっと膝を曲げて近づいていった。 距離が近づくにつれて頬に温かい熱を感じる。先輩の体温が上空に立ち上ってるのだ。 きっと先輩の体臭がする。息を吸おうか迷ったが、もしその音で先輩が起きたら目的を果たせなくなるから、 俺は素早い判断でキスのチャンスを選ぶ。 耳までの距離が遠い。 ゆっくり腰を曲げていくと、足の筋肉に先に限界が来た。 もうちょっと、あと一〇センチ。 唇がわななくのを堪えて、あと五センチ。 息が苦しくなる。俺の前髪の数本が先輩の髪にあたってあわてた。敏感な先輩が起きてしまう。あと一センチ。 (あ……) 俺の下唇にだけ、ひやりと肌の感触があたった。 産毛のやわらかさまで、コンマゼロ秒の世界で味わい尽くす。 現実には、たよりない弾力を動かすほどの力も加えず、すぐに身を起こした。 心臓が興奮と酸素不足でバクバクいう中、俺は水中歩行のような大きな動作でゆっくり静かに後ずさった。 一メートル下がって、溜め込んだ息をようやく吐く。 そこで俺はやらかした。静かにミッションコンプリート、といきたかったのに。 「……ッ、フウッ、ウッ……」 吐き出した息は音となった。下っ腹がぞくりと震えて、コントロールなんか効くもんじゃなかった。 我ながらやらしい息づかいだった。それは明かり以外に何の音もなかった室内に、いやに大きく響いてしまった。 しまった、と口を押さえるがもう遅い。 先輩は、と見ると、微動だにしない姿。安心したのもつかの間、俺はすぐに気づいてしまった。 じわじわと、首筋から色が変わっていく。 蛍光灯のクリアな光の下、肌が淡く、赤く。 先輩の寝息が聞こえない。肩が強ばっている……先輩は、今、一生懸命に寝ているのだ。 さっき触れた耳が真っ赤に染まった。 「あ、」 さっき何十秒もかけた距離を越えるのに、今度は一秒。 ----   [[年下の彼>28-419]] ----

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