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介抱 ----  昼に怪我をした。落ちて、足首をひねったのだ。労災になるとかで怒られた。  病院に行ってレントゲン撮って、骨には異常なし。ただのねんざ。  医者の言葉に、上司の新谷さんがあからさまにホッとしたので、むかついた。そんなに労災が怖いか。もっと大ケガすりゃよかった。  もともと、新谷さんとはあまり仲がよくない。ガタイばかりでかくて、やたら細かい。うざい存在だった。  夜になって、痛み出すまでは余裕だったのだ。  ずきん、ずきんと痛めた箇所が脈打ちはじめて、あわてて痛み止めを飲んだが遅かったらしい。  そういや氷で冷やせって言われたっけ、と思い出すが、あいにく冷凍庫は空っぽ。  しかたなくビールで冷やすが、飲めない温度のビールばかり増えてちっとも治まらない。  どんどん痛みが増し、気がつくと唸っていた。  足が、おおげさじゃなく倍に腫れてる。心拍と一緒に、ズッキンズッキンと音が聞こえるようだ。  床に転がって足を抱えた。顔まで熱くなって目が開けられない。口が勝手に痛い、痛い、とつぶやき出す。涙がにじんだ。じっとしてられないくて転げ回った。  と、ドアチャイムがなった。 「加原? 新谷です、開けるぞ」  驚いた。いくら会社の寮だからって、上司が来る時間じゃない。 「……すんません、今マジ勘弁してください、すっげ痛むんで……」 「だから来たんだ、お前、絶対冷やしてないと思ったから」  新谷さんが勝手に入ってくる。マジでむかつく。帰れって言ったのに。他人に会いたくないのに。  うめきが自分で抑えられない。たぶん、熱も出てきて、背中の汗は冷たいのに体は熱い。 「足、出して」 「……え?」 「ああ、やっぱり腫れた。テーピングしろって言ったのになぁ」  ぼんやり思い出す。おおげさなことはしたくなかったから、俺が医者に断ったのだ。 「保冷剤いっぱい持ってきたから。冷凍庫空いてるか?これ入れるぞ」  スーパーの買い物袋いっぱいに重そうな何かが入ってるのが見えた。 「痛かったら言って」 「あっ! ちょ、触らないで、いた、冷た!」 「だから保冷剤。縛っとくから、ぬるくなったら取り替える、わかったか?」  抵抗する間も力もない。身を縮めてるうちになんどかケガの足を持ち上げられ、そのたびに「いたい!」と声にならない声をあげてしまう。 「そおっとやるから……ほらもういい」  見ると足首はグルグル巻きだった。包帯じゃなくてレトロな手ぬぐい。保冷剤がいくつも入れられて、足首を三倍にしてる。  冷気が伝わってくる感覚。最初と違って全然冷たく感じない。  ズッキン、ズッキンと脈打っていた灼熱の痛みが、ゆっくりと、ゆっくりと軽くなっていく。  それで、俺はようやく力を抜いて横たわることができた。足は動かせなくてだらりと垂れたまま。 「痛み止めは飲んだか?」 「さっき飲みました……」 「早く飲まないと効かないって言ったのに……で、なんだ、これ」  テーブルの上の缶を見とがめられる。「まさか今飲んだんじゃないよな?」 「あ、えっと……昨日のです」 「……お前なぁ、絶対飲むなって言っただろう」  確かに酔いがまわると同時に痛み出したのだった。 「こんなことなら、病院からつきっきりでここまで帰ってくりゃよかった」  新谷さんは顔をしかめた。 「まだ痛いよな」 「痛いです……」  でも、とりあえず呻くほどじゃなくなった。今はじっとしていたい気持ちで、返事をするのがだるい。 「見せて。すぐぬるくなるから、ほら、もう取り替えないと」  保冷剤を外されて、キリキリ冷えたのをあてがわれる。 「もうちょっとしたら痛み止めが効いてくるはずだから。そしたらあと、自分でできるな?」 「はあ……何を?」  新谷さんはちょっと困った顔をした。  でも怒らない。『また聞いてない』って、いつも怒ってばかりなのに。 「……俺、なんでこんな痛いんですかね、ねんざなのに……」 「炎症起こしたらこんなもんだ、だから冷やせって医者も俺も言っただろ、言うこと聞かないからひどくしちまって」 「新谷さん優しいっすね」 「……俺の責任だから」 「俺、自分でやったんですよ」 「職場の事故は上司の責任」 「そんで優しいんだ……すんません」  痛みはまだある。あるけど、緊張状態から解放されて、なんだか眠くなってきた。 「な、加原、一時間くらいでまた保冷剤とりかえるんだぞ」  新谷さんが足の保冷剤を軽く、軽く触って何か言っている。神経が過敏になってるから、分厚い保冷剤越しなのに感じられるのだ。  強く触れば激痛なのに、新谷さんの指が本当に軽くて、優しくて、それがなんだか…… 「……加原、おい」 「なでなでしてください、痛いところ」 「え?」 「痛いんで、よしよししてくれたら気持ちいい……」 「お前、酔ってるの……本当に、もう」  体が休息したがってる。とろとろと眠りに落ちた。  あとで思えば、酒と痛みと薬で朦朧としていた。  気がついたときは外がぼんやり明るい時間。  新谷さんが、俺にかけた布団に足だけ突っ込んで寝ている。  俺の足の保冷剤は冷たく、気持ちいい。ねんざの熱はまだ残ってるみたいだった。  おそるおそる触って、思い出す……優しい、誰かの手が……痛みを癒してくれるその感触。  息を呑んだ。  ここで新谷さんが寝ている現実。相手がだれかも忘れて甘えた、俺の台詞。 「うわ……」  思わず声が出た。  苦手な上司に。今日だって職場で一緒になるのに。友達でも親でもないのに……すごく、優しくしてもらって。  ひどく特別な夜だったような気がした。こんな時間を過ごしたあとで、どんな顔してみせればいい?  俺は頭を抱えた。足が痛んで呻いた。  新谷さんが目を開けて「まだ、痛いか?」と聞く。俺は首をぶんぶん振った。 ----   [[恋わずらい>28-069]] ----

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