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旅行先で出会った運命の人 ----  あいつとは沖縄を旅行中に知り合った。今から六年前で、あいつは卒業旅行中の大学生。  馴れ馴れしく写真撮影を頼まれて、成り行きで会話をしていたらお互い近くに住んでいることが判明し、  微妙に付き合いが始まって、いつの間にか恋人になっていた。  俺はその頃から、男の癖に占いに凝っていた(性差別的な文言だが)。  当たると噂の占い番組で、「今週の天秤座は旅行が吉。運命の相手に会えるでしょう」といわれたことが、  旅行の一つのきっかけだったほどだ。  両思いになってからそれを思い出し、俺は他愛もなく、そして年甲斐もなく浮かれた。三十前の男がである。  男同士であることも、年が八つほど離れていることも、その時は大したことには思えなかった。まあ、若かったのだ。  付き合って三ヶ月くらいした頃だったか、俺は、酔った勢いで、その占いのことを喋ってしまった。 「だから君は俺の運命の相手なんだよ」  素面なら死んでも吐かない台詞を真顔で言い切った俺に、あいつは一瞬間を置いて、けたたましく笑い出した。 「おい君、笑うな。笑うな」 「だっ……、だって、あひゃひゃひゃ、運命って、運命の相手って、おっさんが真顔でうひゃははははははは」 「おっさんというのはやめなさい」 「あははははははははははは」  ひとしきり笑ったあと、俺も天秤座だから双方向運命っすね、こりゃもう逃げられねーなぁ、などと  にやにや笑っていたあいつの顔はまだ鮮明に思い出せる。  だが、今の俺はひとり、だ。  あいつとはこの一年連絡を取っていない。理由は簡単で、俺が逃げたのだ。  あいつはいい恋人だった。口は悪かったが、マメでよく気が付いて、態度は巫山戯ていたが、優しくて愛情深かった。  一方で俺はどうだ。三十路も半ば、零細企業で細々と働く将来性皆無のくたびれた平社員。  若いあいつの未来を摘み取ってしまっている気がして怖かった。  あいつは別にゲイではなく、昔は彼女もいたらしい。  結婚して、子供を作って、そんな普通の幸せが幾らでも掴めた筈なのに、いや、今からでも掴める筈なのだ。  俺が居なければ。  だが、あいつは俺がそんなことを口にすると、酷く怒った。  当たり前だ、だが俺は怒らせることを承知で、言わずにはいられなかった。  運命の相手と浮かれてみても、俺があいつを幸せにできるとはとても思えなかったのだ。  喧嘩が増え、関係はぎくしゃくし始めた。  そんな時に、俺は、――会社をクビになった。  ある意味でチャンスだ、と感じた。交友関係の狭い俺は、それら全てを断ち切り、  アパートを引き払って、携帯を解約し、一方的に、姿を消した。  謝罪と感謝の手紙を、一通だけ送って。  三十路を過ぎて、見知らぬ土地での再就職は大変だったが、  奇跡的に、訳ありの人間を多く受け入れている小さな会社に入ることができ、どうにか生活も安定し始めた。  月曜日、パターン化した流れでテレビを付ける。聞き慣れた音楽。  あいつがいた頃は、毎週一緒にチェックしていたあの占い番組だ。もう、一人で見るのが当たり前になった。 「今週は絶好調、天秤座のアナタは、旅先で運命の人に会えるカモ☆ 他人への気遣いを忘れずに!」 「……またか」  苦笑する。運命の相手がそんなにごろごろ居て堪るか。  一人でいい。一人でよかった。一人でよかったんだ。あいつがそうでないのなら、もう誰も要らないんだ。  その週末の社員旅行をキャンセルしようかと思ったが、催行人数ぎりぎりだったことを思い出し諦めた。  俺の所為で中止になっては、温泉を楽しみにしていた同僚の山田さん(62歳)に悪い。  だがその気遣いが、裏目に出た。  俺は、熱海の旅館の廊下であいつと真っ向鉢合わせる羽目になったのだから。  社員旅行×社員旅行。まさかのバッティング、である。予想して然るべきだった、シーズン真っ盛りに観光地なのだから。  しかし同旅館とは酷い。運命の悪戯、或いは本気?  驚愕と混乱と焦燥に無言の俺とは対照的に、あいつは、  いつも通りの――いつも? 一年前までの話だろう、と俺は自嘲する――馴れ馴れしい口調で話し掛けてきた。 「わー久し振りっすね、三百七十二日振り? あは、ちょっと痩せた? 髪の長さ変えた?  幽霊見たみたいな顔すね、足ちゃんとあるよ、俺。見る?」 「……驚かないんだな。君は」 「あー。だって絶対、此処で会えると思ってたし?」 「……何故だ?」  あいつは笑みを消して真顔で答える。 「『天秤座のアナタは、旅先で運命の人に会えるカモ☆』俺の運命の人つったら決まってるじゃないすか」  俺は黙り込む。あんなのはただの占いだ。だが、その占いを信じてこいつに告げたのは誰だ?  実際に俺達は此処で会ってしまった。偶然? 必然? 運命? それとも。俺は混乱したまま言葉を絞り出す。 「……まだあの番組見てたんだな」 「あんたの所為で習慣になっちゃってんすよ、責任取って結婚しろよな」  聞き慣れた軽口。だが、目は笑っていない。その口調も表情も、台詞に似つかわしくないほど真面目だった。  ……ああ、こいつはまだ、俺を。馬鹿が。諦めろよ。ブーメランのように自分に戻ってくる言葉が頭に幾つも浮かぶ。 「さっき仲良くなった山田さんって人、あんたの同僚でしょ?  ふーんそっか、日本海側まで逃げたんだ。随分畑違いに就職したんすね」  俺はくるりと背を向けた。逃げよう。そう、今度はもっと遠くに逃げる。  苦労して就職した会社だが、仕方がない。こいつが諦めるまで、 「逃げるの? 別にいーよ」  意外な言葉に、俺は思わず立ち止まって振り向く。  あいつは追い掛けようとする素振りも見せずにさっきのままでさっきの場所に立っていた。 「何度も何度も何度も何度も何度も逃げれば……。俺は全然構わねーすよ。だって、」  俺はあいつから目を離すことができない。 「もしも俺とあんたが運命だったら、何処に逃げたって消えたって死んだって追いつける。  十年後でも五十年後でも千年後でもいつか絶対一緒になれる」  それが運命ってもんでしょ、とあいつはけたけた笑う。  俺は、何かに押さえつけられるような錯覚を感じながら、月並みな文句で抗おうとする。 「君は……、俺といない方が、幸せになれるだろう。運命なんか、忘れて」 「そうかもね。あんた卑屈だし、根暗だし、一方的だし、考え方が馬鹿だし。でもさ、」  あいつは一歩も動かないまま、俺を見据えて笑った。ぞっとするほど綺麗に。 「知らねーの? 運命は、抗えないから運命なんすよ」 ---- [[両片想い>26-849]] ----

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