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42歳×19歳
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「ただの骨折です。頭部に異常はありませんし、二週間で退院できますよ。」
目の前にいるのは朝方救急で運ばれきた患者。免許取得後一ヶ月、ハンドル操作ミスで電柱に激突したらしい。
右腕を吊っている以外は、普通の少年となんら変わりないが、ただ違うのは男らしくないこの顔立ち。
男に生まれて42年、ちなみに独身。向かい合ってこれ程緊張する男は初めてだった。
実はというと自分はこの少年が気になってしょうがない。
午前の診察もあまり集中できず、昼食もとらず用もないのに病室来ているくらい。
「先生さーそのメガネとってよ。ねぇってばー」
上目遣いで覗き込まれる。赤面しそうになって視線を逸らす。
「だめだめ。これがなきゃ何も見えな、、こら、返しなさい!」
「へーけっこう男前じゃん。45だっけ?30代に見える!」
「42だ!!ちょっと、眼鏡!」
「42でもこれならイケるなー俺。」
突然視界がぼやけたのに困惑し、急いで眼鏡を奪い返して定位置に戻す。
「メガネないほうがいいのに。」
「さっきも言いましたけど全然見えないんですよ、私。」
「ちぇ」
ぷいとむこうを向いてベッドに倒れこむ少年。
(い、今、何て言った?)心拍数が妙に上がっているのが分かる。
あれやこれやと考え事をしているところに、
「ねぇ、コレコレ!俺の車!」
「あぁ?」
彼が指差した画面には、ボンネットの大破した無残な事故車両が映し出されていた。
「よく骨折だけですんだな。歩行者がいなくて幸いだ。」
「人轢いても俺名前出ないもん!まだ19だから。」
「ばーか、そういう問題じゃないだろっ」
頭をコツンとやって、なでてやった。
クスクスと笑う少年。こっちもつられて笑った。久しぶりに笑った気がする。
二週間はあっという間だった。私は彼の担当医となり、喋る機会が増えた。
いつも患者とは必要最低限のコミュニケーションをとるだけだった私だが、彼とは違った。
彼はちょくちょくナースステーションに顔を出しては、他愛もない話をして自室に戻っていく。
自分が当直の時には、仮眠室に酒を持ち込んで来たりした。
だめだろ、といいつつも一杯だけ許した。自分が弱いことも忘れて飲み、彼の前でフラフラに酔ってしまった。
そのとき、浮いた感覚の中でキスされたような気がしたが、あれは夢だったに違いない。
退院前日の深夜。急患で看護師が2人抜け、もう1人は見回りで別の病棟に。
私はカルテの整理に追われていた。彼のカルテNo.は798。
「まさかね。」自嘲の笑いをもらし、ふと時計を見上げると午前二時。
眠気覚ましのコーヒーを淹れようと立ち上がったそのとき。
静まり返ったナースセンターに響き渡るナースコール。
一瞬びくっとして振り返ると、点滅するランプの横には机上のカルテと同じ名前。
すぐさま受話器を取って、「どうかしましたか?」と尋ねる。
「先生?うそ、夢みたい。」
「おい、どうかしたのか?」
「今すぐこっち来てよ。おねがい。」
「わかった。今すぐいくから。」
椅子に掛けてあった白衣をばさっと羽織って、わけもわからず彼の病室に向かった。
下突き当たりの個室。ドアを静かにあける。
「どうした?大丈夫か?」
明るい廊下と真っ暗な病室。目が順応できずに手探りでスイッチを探す。
いきなり腕を掴まれ、キスされた。
「んっ、んんっ!?」
少しずつ目が慣れてきた。なんと腕を掴んでいたのは少年だった。
「びっくりした?」
「あ、たりまえだろ、ナースコールがかかってきたら誰でも驚くに決まってるだろ!」
「だって明日退院なのさ、先生さみしいの一言もないんだもん。」
「患者が退院するんだったら普通嬉しいだろ?だいたい、なんでキスなんか…」
「先生俺のこと嫌い?」
「そういう風に見えたか?」
抱き寄せて頭をなでてやった。
少年が体重を後ろにかけ、ベッドに倒れこみ私は彼の上に重なった。
「こら、ケガが酷くなったらどうする。」
「そしたらもっと先生といられるじゃん。」
「…ばか」
「ねぇ、メガネ外してよ。」
「ああ。」
このくらい近ければ、愛しいこの顔もぼやけたりしない。
彼の肩を支え、ゆっくり口づけた。
「利き腕使えないんだからさ、優しくしろよな。」
「はいはい。」
とうとう彼の退院日。今日は久しぶりにコンタクトで出勤しようと思う。
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[[ボールペン×えんぴつ>2-289]]
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