「12.5-789」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

12.5-789」(2013/08/15 (木) 01:34:51) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

祈るような歌声 ---- 泣くか喋るかどっちかにしろよ……みっともない。 大して話題にもなっていない映画を観た帰り道。少し遅れながら一生懸命 話しかけてくる学生服の左手に、俺は無言でポケットティッシュをねじ込んだ。 何だってこんな天気のいい日に子守のバイトなんかしてるんだろう。 はとこなんて、縁遠すぎてほとんど言いがかりのような繋がりなんだから無視 すればよかったのに。 昔から仲良かったじゃない、気分転換だと思って付き合ってあげて?と近所に 住んでるってだけで家族面する小母さんに、無理やりチケットと数枚の紙幣を 渡されてしまった。中学に上がって友達も増えたんじゃないの。お宅のトモ君 は俺抜きじゃ何もできないんですか。あぁ、言ってやればこの万年べったりな 関係から脱出できたかも。大学生ったっていつも暇ってわけじゃないんスよ。 チケットにはB級と評しても差し支えないようなファンタジー映画のタイトル。 あの原作は何とかってゲームなんだ、と昨夜電話口で熱く語られたっけ。 冒険者の女といずれ統治者となるべき騎士。ちょっとした馴れ初めと別れに、 活劇と謎解きが混じったわかりやすくてありがちな話。正直なところ中世風な 美術と音楽以外俺にはとても退屈で、こんなに泣ける理由が見つからない。 足を止めて聞いてみると 「だって、ハル兄似てたんだもん」とトモが鼻をすすりながら呟いた。 ヒロインの相方は『騎士』を名乗るわりに貧相な体つきの男だったはずだ。 ちっとも似ていないと思ったが、見た目とは違うことを言いたいらしい。 あんまり要領を得ないので少し落ち着かせようと、バス停のある大通りから 何本か外れた先にある河川敷で休んでいくことにした。 日も暮れかけてあたり一面が柔らかなオレンジに染まる中、ユニフォーム姿の 少年たちが連れ立って家路を急ぐ。自転車の群れにぶつからないよう土手の斜 面に並んで腰を下ろすと、もう一度トモに聞いた。 誰が誰に、似てるって? ハル兄が、騎士の人に似てるから。それは理由になるのか? だから僕も歌えるよ、なんて唐突に鼻声で主人公の歌真似をはじめる。 ストーリーの要になる歌。聴いた者の傷を癒す、心にまっすぐ届くうた。 迷宮の奥に閉じ込められた2人。ヒロインは自分の命を削って声がかれるまで 冷たくなっていく騎士のために復活を信じ、祈りを込め、歌い続けた……。 どこかの民俗音楽のような不思議な旋律に思い切り適当な歌詞が不釣合いで 可笑しい。やめさせようとして向き直ると目を閉じたままの真剣なトモの横顔。 祈るようにうつむいて。一度だけ聴いたそのメロディを懸命に繰り返す。 何のつもりだ? できるだけ怖い声を意識して出したつもりだったのに情けなく掠れてしまった。 顔を上げたトモが、泣きすぎてひどい顔になってるはずなのに。 思いっきり全開の笑顔だったから。 「映画観てわかった。僕、ハル兄ともっと一緒にいたいんだ」 本当は一緒にいるだけじゃなくって、ハル兄が今困ってる事とか、悩んでる事 僕が解決できたらいいのにって思うんだよ、って傷をえぐると同時に告白か。 中坊の癖に生意気な。失恋したのがばれてるとは思わなかった。迂闊だった。 誰にも会いたくないからと引きこもってたのが敗因なのか、母親ネットワーク の情報漏えいか。そんなに瀕死に見えたのか、俺。だから騎士なのか。くそ。 まぁ、話だけならしてやらないことも無い、なんて実体の無い返事をしてから 土手を後にする。すっかり暗くなった裏路地をいくと、いつの間にかトモが 赤い顔をして少し遅れてついてくる。 送り届けるまでがバイトだからな。そんな言い訳を頭の中でこね回しながら 小さな左手をそっと握って、俺たちは並んで歩き出した。 ---- [[そうだな>12.5-799]] ----

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: