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親子二代の忠臣 ---- 差し伸べられた指先が頬を探り、頤を辿って、所在なさげに襟の重ねをもてあそんだ。 「……日に日に、父に似てきよる」 物憂げな主公の呟きに、ふと、子供の頃のことが思い出された。 「父に万一のことがあれば、そなたが主公をお守りするのだぞ」 出征前、城門まで見送りに出た私を抱き上げて、いつものように父は言った。 心得ましたと答えると、父は、白く整った歯並を覗かせて笑った。 そうして二万の手勢を率い、内乱の鎮圧へ向かっていった。 それから半年が経ち、初雪の舞う都に帰還したのは、兵馬に守られた父の亡骸であった。 陣中で暗殺されたのだと、後から聞いた。 全幅の信頼を置き、身辺のことを任せていた部下が、敵方と内通していたのである。 実感のわかぬまま、白い袍に袖を通し、宮殿へ使いに出された。 初めて足を踏み入れる宮殿は広く、隅々まで磨き込まれていて、どこか寒々しかった。 一通りの挨拶が済むと、主公の私室に通された。 「よくぞ参った。そなたのことは、よく話に聞いておった」 初めて仰ぐ主君の姿は、思いのほか若かった。 鋭く整った目鼻立ちに、いかめしげな髭を蓄えているが、父より幾分年下であろう。 一方的にとりとめのないない話をしていたが、ふと目を伏せて、 「本当に死んでしまったのだな、あの男は」 噛み締めるように呟いた。語尾は、消え入るほどに頼りなかった。 「これよりはそれがしが、父にかわって御身をお守りいたします」 我知らず、そんなことを口にしていた。 将軍の嫡子としての自覚からか、単に父の言葉をなぞっただけなのかは分からない。 父が身命を賭して仕えた人を、これ以上悲しませてはならないと思ったのかも知れない。 主は面食らったような顔をして、少しだけ笑った。 「随分と、ませたことを言う……」 声が震えていた。 席を立って近付いてきたかと思うと、目の前で膝を折った。抱きすくめられた。 父の抱擁とは違う。溺れる者にしがみつかれるようであった。 「それがしが、おそばについております」 子供なりに精一杯の誠意をこめて言い、そっと背を撫ぜた。 それが呼び水になったかのように、肩口で、くぐもった嗚咽が聞こえてきた。 わずか九つの童子にすがって、皇帝は泣いた。 あれから幾つも歳を重ねた今、主公がどんな思いで父を見ていたか、理解できるような気がするのだ。 会うたびごとに「父に似てきた」と言っては、少し辛そうに眉を寄せる。 「……父のことが、忘れられませぬか」 「忘れたよ。十年も昔に死んだ男のことなど、とうに忘れてしまった」 主公は心ここにあらずといった態で、窓の外に目を遣った。 一心に注ぐ視線の先で、鳥が鳴き交わしながら空を往く。 天子の憂鬱を知ってか知らずか、空は高く澄み渡っていた。 ----   [[マッドサイエンティストに振り回される人>10-109]] ----

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