「10-049-1」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「10-049-1」(2013/08/04 (日) 01:03:21) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
この胸を貫け
----
「よ、お疲れ」
顔を上げると西崎さんがいた。俺も「お疲れさまです」と返す。
壁際の自販機にコインを入れながら、西崎さんは俺を見て少し笑った。
「どうした。なんだか本当にお疲れ風に見えるぞ」
「やっぱりそう見えますか?」
そう返すと、彼は僅かに目を瞠ってその笑みを引っ込めた。
「何かしんどいことでもあったのか?」
心配そうに訊ねてくる。俺は何秒か逡巡して、思いきって口を開いた。
「……俺、近いうちに死ぬかもしれないんです」
「おいおい」
俄かに深刻な表情になる西崎さんに、俺は慌てて説明する。
「いや、あの、別に死にたいとか、そういう訳じゃないんですよ。ただ」
「ただ?」
「その…。最近、殺される夢をよく見るんですよ」
笑われるだろうかと様子を伺うが、彼は指を止めたまま真顔でこちらを見ている。
「同じシチュエーションで、毎回、同じように殺されるんです。
最初の頃は疲れてるのかと思ってただけなんですけど…」
しかし、それが五回も六回も続くと、さすがに気になってくる。
「いわゆる予知夢みたいなもんじゃないのかって、心配になってきて」
「なるほど」
西崎さんは頷いてから、自販機ボタンを押した。がこん、と音がする。
「確かに気味悪く思うかもしれないが、こういう話もあるぞ」
言いながら、「おごりだ」と取り出した缶コーヒーを、俺に投げて寄越す。
「殺される夢は、今自分が抱えている悩みやトラブルが解決する予兆である」
「解決の予兆、ですか」
「特に現実に問題が起こっている相手に殺されるのは、その問題が解決する前触れなんだと。
殺され方によって色々意味が違うらしいぞ。首を切られる夢は仕事の悩み、とか」
そう言って、西崎さんはにっと笑った。
「良いことの前触れだと思っていた方が気が楽だぞ」
彼の笑顔につられて俺も無意識のうちに笑っていた。
「じゃあ、俺のはとりあえず仕事の解決ではないですね」
「お前の場合は?」
「刺されるんです。胸を刃物でこう、ブスッと一突き。腹を刺されたこともあります。
刃物が入ってくる感覚だけ妙に生々しくて、でも不思議と痛くはないんですけど」
刺殺の場合は何の悩みなんでしょうねと言うと、不意に彼の笑顔がにっ、からニヤリに変わった。
「それはあれだ。欲求不満だ」
「よっ……」
「刃物で刺されるという感覚のイメージが共通している、らしいぞ。
ま、それは女の場合のような気もするが………、っておい。東、大丈夫か?」
「…………」
「あー…とは言っても、以前読んだ本の受け売りだから。あまり気にしないでくれ。すまん」
俺が返事をしないのを、ショックを受けたからだと思ったらしい。
申し訳なさそうに、こちらを覗きこんでいる。
俺は、彼の顔をまともに見ることができなかった。
(夢で俺を殺す相手、西崎さんなんですよ…)
----
[[この胸を貫け>10-049-2]]
----