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この胸を貫け ---- 「よ、お疲れ」 顔を上げると西崎さんがいた。俺も「お疲れさまです」と返す。 壁際の自販機にコインを入れながら、西崎さんは俺を見て少し笑った。 「どうした。なんだか本当にお疲れ風に見えるぞ」 「やっぱりそう見えますか?」 そう返すと、彼は僅かに目を瞠ってその笑みを引っ込めた。 「何かしんどいことでもあったのか?」 心配そうに訊ねてくる。俺は何秒か逡巡して、思いきって口を開いた。 「……俺、近いうちに死ぬかもしれないんです」 「おいおい」 俄かに深刻な表情になる西崎さんに、俺は慌てて説明する。 「いや、あの、別に死にたいとか、そういう訳じゃないんですよ。ただ」 「ただ?」 「その…。最近、殺される夢をよく見るんですよ」 笑われるだろうかと様子を伺うが、彼は指を止めたまま真顔でこちらを見ている。 「同じシチュエーションで、毎回、同じように殺されるんです。  最初の頃は疲れてるのかと思ってただけなんですけど…」 しかし、それが五回も六回も続くと、さすがに気になってくる。 「いわゆる予知夢みたいなもんじゃないのかって、心配になってきて」 「なるほど」 西崎さんは頷いてから、自販機ボタンを押した。がこん、と音がする。 「確かに気味悪く思うかもしれないが、こういう話もあるぞ」 言いながら、「おごりだ」と取り出した缶コーヒーを、俺に投げて寄越す。 「殺される夢は、今自分が抱えている悩みやトラブルが解決する予兆である」 「解決の予兆、ですか」 「特に現実に問題が起こっている相手に殺されるのは、その問題が解決する前触れなんだと。  殺され方によって色々意味が違うらしいぞ。首を切られる夢は仕事の悩み、とか」 そう言って、西崎さんはにっと笑った。 「良いことの前触れだと思っていた方が気が楽だぞ」 彼の笑顔につられて俺も無意識のうちに笑っていた。 「じゃあ、俺のはとりあえず仕事の解決ではないですね」 「お前の場合は?」 「刺されるんです。胸を刃物でこう、ブスッと一突き。腹を刺されたこともあります。  刃物が入ってくる感覚だけ妙に生々しくて、でも不思議と痛くはないんですけど」 刺殺の場合は何の悩みなんでしょうねと言うと、不意に彼の笑顔がにっ、からニヤリに変わった。 「それはあれだ。欲求不満だ」 「よっ……」 「刃物で刺されるという感覚のイメージが共通している、らしいぞ。  ま、それは女の場合のような気もするが………、っておい。東、大丈夫か?」 「…………」 「あー…とは言っても、以前読んだ本の受け売りだから。あまり気にしないでくれ。すまん」 俺が返事をしないのを、ショックを受けたからだと思ったらしい。 申し訳なさそうに、こちらを覗きこんでいる。 俺は、彼の顔をまともに見ることができなかった。 (夢で俺を殺す相手、西崎さんなんですよ…) ----   [[この胸を貫け>10-049-2]] ----

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