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そんなに好きって言わないで ---- 数年ぶりに対峙した元恋人は、記憶とは変わった姿で、思い出とは変わらぬ雰囲気で俺の前に現れた。 この世の全てを愛しているかのような視線を、どこに向ければいいのか戸惑っている。 「矢野くん」 部屋に響く横山の声が、俺の体中に共鳴し、染みて行くのがわかった。 懐かしい声。横山の声。 「なにから話せばいいのかな、ちょっと急すぎて、考えてなかった」 横山がなぜか嬉しそうに照れ笑いをする。 それが妙に苛立たしく、俺は「なんでもいいよ、どうせたいして話すことなんかねえだろ」と毒づいた。 そうだ、大して話すことなどないはずだ。 俺と横山が「恋人のようなもの」だったのは、7年前、中学時代の数ヶ月間だけだ。 思春期丸出しの、青臭い付き合い。何があった訳でもなく、ただ「同類だ」とお互いが気付いた。今考えてもあれは恋ではなかった。 「手を繋いで、帰ったのを覚えてる?」 「…覚えてるよ」 「9月かそこらの、少し寒い日だったね。友達に見つからないように回り道して、暗くなってから手を繋いで帰った。それで」 そう、それでおしまいだ。 横山の言葉を遮るように、俺の中にある記憶と罪悪感が溢れてくる。 数ヶ月少しの言葉を交わすのみで、それからやっと一緒に帰ろうと約束をした。 そして手を繋いで、帰って、次の日に気恥ずかしくなって俺が横山を無視するようになった。それでおしまい。 だからこそなぜ俺がこうして横山の話を聞いているのかが不思議でならなかった。なぜ今、なぜ俺なんだ。 「僕はね、あのとき思ったんだよ」 横山の声が部屋一杯に広がる。恋ではないが、横山の声はいつ聞いても心地いい。 「矢野くん、僕はあの時ね、君を幸せにしたいと思ったんだ」 「…なんだよ、それ」 「君の指先がね、震えてるのを感じたんだ」 「寒かっただけだろ」 「横を向くとね、暗い中で君が真っすぐ前を見てた。それであの時、僕は一人じゃないんだって、思ったんだよ」 ただの錯覚だ、二人とも同士なんて存在に安心してただけだ。そんな言葉が頭を過ぎるが、口からは出てこない。 代わりになぜか涙がこぼれた。横山は構わず続ける。 「だから僕は、君を一人にさせないって、幸せにしたいって思ったんだ」 「……一人にしたじゃねえか、適当なこと言いやがって」 「矢野くん、僕は君の震える指と、横顔が好きだった」 「…うるせぇ」 「真っすぐな眼差しと、はっきりした黒い目が好きだった」 「…やめろ」 「それから髪が好きだった。修学旅行の時にはひどい寝癖だった。普段はきちんとしてたのに」 「…なんで知ってんだよ、気持ち悪ぃ」 俺の精一杯の悪態にも、横山は嬉しそうにしている。 「手を握ったときに、君が僕の爪を撫でた。その手つきが好きだった」 止まらない涙で話すこともままならなくなっている俺を放って、横山は続ける。 「それからお返しに僕が撫でた君の爪、大きくて綺麗で、好きだった」 「君の香りも好きだった。なんていうと、ちょっと変態っぽいね、ふふ」 「いつもどこか不機嫌そうにしてた口元も好きだった。いつかキスするのかな、なんて考えたりもしたよ」 「足が速くて、サッカーが上手で。数学が得意で。全部全部、全部好きだったよ」 「でも僕が一番好きだったのはね」 へらへらとしていた横山が、急に改まった顔になった。 釣られて俺も横山を見る。 目が合ったような気がする。 「僕が一番好きなのはね、君の声だよ」 「横山…言うな、もう」 「僕を呼ぶ声、よく通る声。…それから、一度だけ好きだと言ってくれた消え入るような声」 「横山…」 よく見るといつのまにか、横山の目にも涙が滲んでいた。 「僕はね、あの一度の好きで、死んでもいいと思ったんだ」 「…馬鹿野郎!んなこと思うから、死んじまったんじゃねーか!」 俺が声を荒げても、画面の中の横山は泣きながら微笑んだままだ。 「矢野くん、ありがとう。君に出会えて、僕は本当に幸せだった。これがちゃんと、君の元に届いてるといいな」 「馬鹿かよ……ばか」 遺品と一緒に入っていたのだと、横山の弟から連絡を受けてこのビデオを受け取った。 俺は連絡を受けて愕然とし、半信半疑のまま地元へ戻り、わけもわからぬまま線香をあげた。それから帰りに、実家で埃被っていたVHSデッキを貰い受けた。 3年間、俺は横山の若すぎる死を知りもしなかった。当たり前だ、病気のことだって知らなかった。 数日をかけてやっと意を決したというのにこの様だ。やはり見なければ良かった。 横山はそれから何度か「ありがとう」と言って、別れがたそうな顔をしてカメラのスイッチに手を伸ばした。 それはあの日、言葉も交わさず手を離した、帰り道の彼だった。昔のような罪悪感が胸に広がっていく。 「横山、待ってくれ横山、」 真っ暗になった画面には、子供のような顔をした情けない自分が映っていた。 「横山、横山、好きだ、ごめん。好きだよ横山」 静まり返った室内で一人「好きだ」とうわ言のように繰り返した。 「好きだ、横山…」 「ふふ、そんなに好きって言わないで。わかってるから」 795 : 749-5/4 連投規制ですすみません[sage] 投稿日:2013/01/12(土) 17:32:18.06 ID:UHf/3+3h0 [2/2回(PC)] 空耳かと思ったそれは、たしかにスピーカーから聞こえてきた。 消えたと思った画面に、光が差し込む。 そこで俺は初めて、横山が俺を抱きしめてくれたのだと気が付いた。 「横山…」 「もう大丈夫だからね。僕も、矢野くんも」 横山はそう言ってスイッチを切った。今度は笑顔で。 俺の涙はなぜか止まっていて、ついさっきまでの胸の重苦しさは消えていた。 「横山」 暗くなった画面を見つめる。 「…ありがとう」 俺はもう一度、今度はきちんと抱きしめ合おうと、ビデオを巻き戻した。 ----   [[必死過ぎた告白>25-819]] ----

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