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パートナーに望むこと ---- 「こっち持って」 そう言って制服のポケットから差し出されたのは、一本の赤い毛糸。 その、三十センチほどの紐の一端をこちらに向けて、諒はにこりと笑う。 「…なんだこれ」 夕暮れの帰り道、天下の公道。 燃えるように赤い光の中にあってなお浮き立つ毛糸を摘み上げ、俺は不信感たっぷりに言った。 「まぁいいじゃん。ちょっとしたお遊びだと思ってさ」 「なんの遊びだよ」 いいからいいから、とのらりくらりとかわされて、腑に落ちないながらも俺は渋々それを握る。 右の掌に馴れない手触りを確かめていると、反対側の端を諒が左手で握った。 「…なんなんだよ」 「まーまー」 何がまーまーだ、と苦々しく思ったけれど、一度握ってしまった毛糸は何となく離しがたくて、仕方なくそのままで歩き出す。 二人並んで、さりげなく歩幅を合わせて、ただ黙々と交互に足を踏み出す。 時折、つんと引かれる毛糸の感覚に、えもいわれぬもどかしさが募る。 「…おい」 「ん?」 「なんなんだよこれ、マジで」 「これ?」 つん。 手の中の絡まる糸が、いたずらのように軽やかな刺激を与える。 「えーと、学業成就のおまじない?」 「なら俺就職組だし、関係ねぇな」 「や、違う、あのアレだ、健康法。えー、血液の流れをさ」 「興味ねぇ」 「…えっと」 「諒」 「…えーと…」 「いい加減、怒るぞ」 「……だって、さ」 ごまかしのネタが切れたのか、毛糸の端を指先でくるくる遊びながら諒が小さな声で呟いた。 「孝介、きっと嫌がるからさ」 「は?」 「だから」 手、繋いで帰りたいなんて言ったってさ、と視線を斜めに外しながら諒が続けた。 「…馬鹿言ってんなよ」 「って言うだろ?」 「…で?」 そうして、ばつが悪そうに糸を掴んだ左手を、握ったり開いたり、繰り返す。 「…直接じゃなきゃいいかなーって、さ」 指先と指先で触れ合ってなくても、少しの距離を挟んでても、確かに繋がれていれば、それで。 「…諒」 いつも闊達としているはずの諒らしからぬ、曖昧で、意気地がなくて、もそもそとした、口の中で発してそのまま喉奥に呑み込まれていくような、それはごくささやかな呟きだった。 だから俺は、思わず。 「…キモい」 憎まれ口を叩いてしまったりするわけで。 「孝介ー……そりゃいくらなんでも酷くね?」 一応女々しい自覚はあるんだからさ、と小さく肩を落として笑いながら、諒は気恥ずかしさか気まずさか、ほのかに染まる頬をかく。 そうして、ゆっくりと、さりげなく、掴んだ糸の端を離そうとするから。 「……おい」 「え」 俺はもう一端をぐいっと引いて、度胸の足りない左手を、右手で、掴んだ。 「……そういう小細工は、嫌がられてから、しろ」 呻くような低い声で言い置いて、右手に柔らかな熱を感じながら、再び歩き始める。 沈みゆく日に視線を戻す途中、目の端に映った締まりのない笑顔は、茜色に染まっていた。 ----   [[背骨>15-898]] ----
パートナーに望むこと ---- 「こっち持って」 そう言って制服のポケットから差し出されたのは、一本の赤い毛糸。 その、三十センチほどの紐の一端をこちらに向けて、諒はにこりと笑う。 「…なんだこれ」 夕暮れの帰り道、天下の公道。 燃えるように赤い光の中にあってなお浮き立つ毛糸を摘み上げ、俺は不信感たっぷりに言った。 「まぁいいじゃん。ちょっとしたお遊びだと思ってさ」 「なんの遊びだよ」 いいからいいから、とのらりくらりとかわされて、腑に落ちないながらも俺は渋々それを握る。 右の掌に馴れない手触りを確かめていると、反対側の端を諒が左手で握った。 「…なんなんだよ」 「まーまー」 何がまーまーだ、と苦々しく思ったけれど、一度握ってしまった毛糸は何となく離しがたくて、仕方なくそのままで歩き出す。 二人並んで、さりげなく歩幅を合わせて、ただ黙々と交互に足を踏み出す。 時折、つんと引かれる毛糸の感覚に、えもいわれぬもどかしさが募る。 「…おい」 「ん?」 「なんなんだよこれ、マジで」 「これ?」 つん。 手の中の絡まる糸が、いたずらのように軽やかな刺激を与える。 「えーと、学業成就のおまじない?」 「なら俺就職組だし、関係ねぇな」 「や、違う、あのアレだ、健康法。えー、血液の流れをさ」 「興味ねぇ」 「…えっと」 「諒」 「…えーと…」 「いい加減、怒るぞ」 「……だって、さ」 ごまかしのネタが切れたのか、毛糸の端を指先でくるくる遊びながら諒が小さな声で呟いた。 「孝介、きっと嫌がるからさ」 「は?」 「だから」 手、繋いで帰りたいなんて言ったってさ、と視線を斜めに外しながら諒が続けた。 「…馬鹿言ってんなよ」 「って言うだろ?」 「…で?」 そうして、ばつが悪そうに糸を掴んだ左手を、握ったり開いたり、繰り返す。 「…直接じゃなきゃいいかなーって、さ」 指先と指先で触れ合ってなくても、少しの距離を挟んでても、確かに繋がれていれば、それで。 「…諒」 いつも闊達としているはずの諒らしからぬ、曖昧で、意気地がなくて、もそもそとした、口の中で発してそのまま喉奥に呑み込まれていくような、それはごくささやかな呟きだった。 だから俺は、思わず。 「…キモい」 憎まれ口を叩いてしまったりするわけで。 「孝介ー……そりゃいくらなんでも酷くね?」 一応女々しい自覚はあるんだからさ、と小さく肩を落として笑いながら、諒は気恥ずかしさか気まずさか、ほのかに染まる頬をかく。 そうして、ゆっくりと、さりげなく、掴んだ糸の端を離そうとするから。 「……おい」 「え」 俺はもう一端をぐいっと引いて、度胸の足りない左手を、右手で、掴んだ。 「……そういう小細工は、嫌がられてから、しろ」 呻くような低い声で言い置いて、右手に柔らかな熱を感じながら、再び歩き始める。 沈みゆく日に視線を戻す途中、目の端に映った締まりのない笑顔は、茜色に染まっていた。 ----   [[背骨>15-899]] ----

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