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破れ鍋に閉じ蓋 ---- 「先生。や…破れ鍋に綴じ蓋って何すか?」 放課後の美術室で、俺は黙々と課題をこなす。 先生は教壇に座り、黙々と美術のテストの採点をこなす。 そんな二人きりの間に流れる沈黙は、俺が破った。 「…やぶれじゃない。われ。われなべにとじぶたって読むの。それより部活は?」 答案用紙を採点する手を休めずに、先生が言った。 解答を得られなかったので、仕方なくことわざ辞典をパラパラとめくる。 「…あったあった。“破れた鍋にも合った蓋がある。どんな相手にも似合う配偶者が居る事。…類義語、似た者夫婦”」 声に出してからノートに解答欄に書き写す。 先生のため息が聞こえた。 チラと見ると、けだるそうにしながら採点し終わった答案用紙を代えていた。 「なあ、主将が練習出なくていいの?柔道部って試合近いんじゃないの」 「先生、最近何かあった?」 ペンが止まった。 ここ美術室へ来てから初めて俺を見る先生の瞳は、やや驚きの色をみせている。 「おまえ…」 「いや、ため息多いっていうか。今日の授業ん時も、今も。悲しいって顔してるし、何でかなーって気になっただけっす」 説明してあげると、先生はまだ驚き顔だけど少し笑った。 「………ま、ちょっとあれだよ…彼女にさ…ああこんな話、生徒にしちゃいけないよなー」 「フラれたんすね」 「……ズバッと言うな」 先生はペンを置き、ばつが悪そうに頭の後ろを掻いた。 「…しかしおまえ鋭いなぁ。体鍛えてるだけの男でもないんだな」 先生もわりとズバッと言いますよね。 そう言ってやるのは我慢した。 「じゃあ日曜日はヒマっすよね」 「…ヒマって言うな」 「試合、見に来てください」 「え?…まぁ、別に見に行ってもいいけど」 「よし。優勝しますんで俺」 「…おまえなぁ。そーいうのは好きな子に宣言するもんだろ」 「そのつもりで言いました」 「…え?」 課題ノートやら筆箱やらを通学用ショルダーバッグにしまい、肩にさげて帰り支度をする俺を、先生は黙って見るだけだ。 「練習、行ってきます」 「…あ?ああ」 ペコリと小さく頭を下げて教室を出た。 去る間際に見た先生の顔は、まだ呆気に取られた表情をしていた。 ――ちょっと急ぎすぎたかもしれない。 でももう止まれないものはしょうがない。 今はただ、先生に似合う男を目指すのみだ。 ----   [[殺し屋の恋>21-459]] ----

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