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家で散髪
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フローリングの床に新聞紙を広げると、インクの匂いがした。
俺はそこにあぐらをかいて座る。百円ショップのレインコートが、体中のそこらでわしゃわしゃと音をたてた。
「ああ、ずいぶん伸びたねえ」
不意に背後から指が伸びてきて、首筋に触れる。
ヒヤリとした冷たい指。俺はくすぐったいのを我慢するように、ギュッと目を瞑った。
「もう、二ヶ月くらい切ってないからな」
「お前の頭は天パーだからなあ、千円カットでもいいから小まめにカットしなさいって。
いい男が台無しだ」
細い指が、俺の頭をくしゃくしゃとかき乱す。俺は顔を俯けて、その指の動きをジッと辿る。
つむじ、額、耳の上。シュッシュッ、と涼しげな音がして、冷たい雫が頭皮に吹きかけられた。
「だって、お前が切ってくれるじゃん」
答えがないまま、指は動く。躊躇いなく、刃物の合わさる音が耳元でする。シャキシャキ、という音だけが部屋に響く。
「次からは、金もらおうかな」
「やだ」
シャキシャキ、ファサ。頭はどんどん軽くなっていく。
「俺の頭はお前が切ってくれるからいいんだ。美容院なんて、行かなくても」
指は、やはり返事をしない。
今度は本当に集中しているからのようで、耳のそばで身をかがめながら、細かくハサミを動かしていた。
ハサミを置いた指が、細かい髪を払おうとするように俺の皮膚を辿る。
さっきまで冷たかった指は、今はもう温かい。熱いくらいだった。
「でも多分、一生は、切れないよ」
俺は自分の髪がどんどん伸びて、世界中を覆ってしまうことを考えて落ち込んだ。
だって、そんなことになったら、すごく困るだろう。窒息死してしまうかもしれない。誰かを殺してしまうかも。
恐ろしい想像に、少しだけ泣いた。
冬の昼間、薄明るいフローリングの部屋で、恋人に髪を切られながら。
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[[家で散髪>15-529-1]]
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