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慣れていく自分が怖い ---- シラフでも酔ってても欲情しててもとにかく祥吾さんは俺の体に触りたがる。 伸ばされた細い指先が俺の顎を。 「伸びたねえ、髭。」 手のひらで、肩を。 「お前、分厚いよこれ、どうすんの?格闘家にでもなんの?」 腕が体ごと俺を引き寄せて。 「お前可愛いねえ、ちっさいねえ。でもなんかすごいでかくなった?」 ……どっちだよ、と。 いくら俺が髭を伸ばそうが筋肉つけようが、祥吾さんにとって俺は可愛い存在らしい。 どんなに仏頂面して払いのけてみても、というか逆にそうすると祥吾さんは何だよお前つれないなあとか何とか言って余計に手を伸ばしてくるのだった。 俺は自分のテリトリーに人が入るのも、俺自身に触れてくるのもあまり好きではないから正直な所初めはかなり閉口したんだこの人には。 祥吾さんは、するりと人の懐に入ろうとする。 だから俺ももはや人生最大の過ちといってもいいこの勘違いの恋をはじめてしまったし、いつの間にか、慣れてしまっている俺がいる。 慣れって怖い。おかしな筈のこの世界にも、嫌いなはずのこの世界にも、祥吾さんのこの過剰なまでのスキンシップにも。 いつの間にか慣れて当たり前のものになっている。当たり前になって、しょうがないななんて思っている。附抜けた俺。 そしてそれは、少しだけ世界の終わりの階段の端っこに足をかけたままぐらぐらしている事に似ていると、俺は思う。 ここはもう終着点で、そしてここから落ちたらもう終わりなんだよ、とどっかの誰か知らない奴がにやにやと俺を見ている。 うるせー誰だよお前、お前に俺の何がわかんだよ、と俺はいつもそいつに悪態をつくけれども俺自身もわかっているのだ。 ここに到達してしまったのは俺で、ここから落ちてしまったら。 落ちて、しまったら。 「…大介ー?どした?お前何か固まってる?」 再起動ー。とか言って、祥吾さんは俺のほっぺたに、髭面のそこに構わず唇を押し付けた。 うわー毛だらけ。と笑ってもう一度。顔の向きを変えさせて、反対に。俺はされるがままに大人しくしていた。 祥吾さんの唇は案外柔らかくて、ついでに言えば最近少し太り気味なので頬擦りしてくる頬も前より柔らかかった。 気持ちいいななんて俺は、ちょっとだけ胸をときめかせて祥吾さんのそのやりたい放題の一連の仕草を黙って受け入れている。 ……ああ、もう終わってるな俺。 散々俺の顔中にキスして頬擦りして、その手で俺の頬を挟んで真正面で視線がぶつかった。 祥吾さんの目は蕩けるみたいに細められて愛しそうに俺を見ている。 「……あんたさ」 「んー?」 「最近、太った」 「んー……酒飲みすぎだからかなあー?」 どうもちょっと自覚があるらしい。 ヤバイよなあ、なんてそれでも男前の顔がふにゃりと笑ったので俺はもうどうしようもなくなってしまった。 ああこれはもう、この人は。俺を困らせるだけの存在だ。 ぐらぐらと揺れる足元は、俺が祥吾さんをもう失えない証拠に思えた。 この笑顔も、この手も、この声も全部、いつの間にかそこにある事に慣れきってしまっている。 触られて閉口するのだってその一つだ。慣れて、当たり前のものだと思っている。 嫌がる俺も、笑う祥吾さんも、全部がいつの間にか日常に溶け込んでしまった。 慣れって恐ろしい。俺は一瞬、そこからまっさかさまに落ちて全てを失う瞬間にまで意識を飛ばしてぞっとした。背筋がざわっと粟立つ。 慌ててそれを振り払うように手を伸ばして、祥吾さんがするのと同じように祥吾さんの頬に触れた。ちょっとだけ柔らかい。 「……やばいよこれ」 顎のあたりに鼻先を摺り寄せながら俺が呟くと、じゃあ食べていいよーと大して気にもしてない声で祥吾さんが笑った。 あのね、もうちょっと危機感持ちなさいよ。この三十路。 「……胃もたれしそうだからやだ」 「えー…そっかあ……」 じゃあとりあえず、運動する?と祥吾さんは、実におっさんくさい発想でもってやっぱり俺の頭を悩ませてくれるのだった。 ----   [[ずっと好きだった幼馴染の結婚式>21-729]] ----

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