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軽薄な大阪弁受け
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午後11時過ぎ。その男は路地裏のポリバケツの影に隠れるようにして座っていた。
座っていたというか、転がっていたというか。
「何をしてるんだ」
見下ろしながら問うと、男は顔を上げ眩しそうに目を細め、右手をひらひらと振った。
「あれ。新堂さんや。久しぶり。こんばんは」
呑気に挨拶を口にしながら、少しだけ身体を起こしている。動きが妙に緩慢だった。
奇遇やね、などと嘯くので「奇遇だな」と返してやる。
この場所は俺の家から50メートルも離れていないので奇遇も何も無いのだが、敢えて触れない。
「何をしている。散歩か」
もう一度問えば、男はにやりと笑った。
「かくれんぼや」
「へえ。鬼は」
「怖いおっさんが七、八人。いやマジでな、ほんま鬼やであれ」
冗談めかした口調だったが、嘘ではなさそうだ。
よく見れば唇の端が切れている。暗さの所為で一目では分からなかったが、目元に痣も出来ている。
どうせまたロクでもない連中に関わってトラブルに巻き込まれたか、
自身がトラブルを引き起こしたのだろう。察してため息をつく。
男は軽い調子でつらつらと喋り続けている。
「そのおっさんら、最初は二人やったのに追ってくるうちにだんだん増えていくんや。怖ない?」
「ふざけたことを言えるような状況なのか」
「ふざけてへんよ」
本当にどんどん増えるのだと、緊張感の欠片もない口調で笑う。
笑う。
本当にこの男は、いつでもどこでもへらへらと笑っている。
「まったくお前は……」
俺はもう一度ため息をついてから屈みこみ、彼の右腕を掴んで引き上げる。
「立てるか。怪我の手当てくらいならしてやる」
駅からこの場所に至るまでの道程を思い出してみるが、特別、目に付く人間はいなかった。
一体どこからかくれんぼをスタートしたのかは知らないが
恐らくまだこの辺りに『鬼』は来ていないのだろう。
ならばこんなバケツの陰に隠れているよりは、今の内に移動した方がいくらか安全だ。
そう判断した上での提案だったのだが、
「……ええよ」
返って来たのは了解の意ではなく。男はへたり込んだまま立ち上がろうとしない。
「また新堂さんに迷惑かけるもん」
「ヒトの家の目と鼻先で座り込んでおいて今更迷惑もクソもあるか。お前そんな殊勝な人間じゃないだろ」
「えぇー。酷いなあ。傷つくわ」
そう言いながらも顔は薄く笑ったまま。
まるで笑顔以外を他人に見せる事は自分の弱みを見せることと同義で
笑顔以外を見せたら最後、即つけ込まれるとでも思っているかのようだ。
または単純に、自分は笑うのをやめたら死ぬとでも信じているか。
一度だけ共にしたベッドの中ですらこの男はずっと笑みを浮かべていて、寝顔の一つも俺に見せなかった。
「いいからさっさと立て」
このままここでグダグダと話していて連中に見つかって一緒に巻き込まれる方が迷惑だ、
そう言葉を投げると、ようやく男は立ち上がった……と思ったら
すぐ大きくよろけてビルの壁に背中をぶつけている。足元がおぼついていない。
眉を顰める俺に、彼は誤魔化すように笑う。
「へへへ、実は酔っ払いやねん」
「…………」
黙って右腕を引いて男の身体を引き寄せた。抵抗は無く、彼はそのまま自分の左隣に収まる。
しかしすぐまたふらつくので腰に手を回して支えてやった。
「行くぞ」
ただそれだけ言って歩き出す。
(酔っ払ってる、ね。それにしては……)
気になったが詳しく訊ねるのは今はやめておく。あとでいくらでも問いただせばいい。
素直に口を割るとも思えないが。
家にこの男をあげるのはいつ振りだったかと、俺は頭の隅で思い返していた。
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[[潔癖症だった攻め>24-869]]
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