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滅亡する王朝の少年皇帝の最期 ---- それを望んだのは、彼だった。 そうでなければ私のような者が、彼をこの手に抱くことなど無かっただろう。 病に侵され深い眠りに付くときに、私の歌を聞いていたいそうだと、皇帝の側近から告げられた。 正確には、私でなく私の母の歌だ。 母は若い頃、楽師としてこの宮中に出入りしていた。 琵琶の腕前では右に出るものはなく、当時の皇帝から名指しでお声をかけていただくほどであったと聞いた。 母がよく歌ってくれたのが、山向こうの遊牧民たちから聴き覚えた子守唄だった。 そんな母は舞楽の仲間達数名と共に他国へ向かい、道中山賊に殺されてしまった。だからもうこの子守唄を歌える者は私しか残っていない。 宮廷の下の下仕えである私が宮殿内へ入ることなど、あとにも先にも今だけだろう。 そうでなくともこの国は、もうすぐ幼き皇帝のものではなくなる。 先代皇帝が病に伏したとき、国は悪しき高官たちによって荒れに荒れた。 幼き皇帝が彼の側近によって守られ皇位を継承した頃には、もうこの国に未来は無く、人民の前には闇が広がるばかり。 それでも幼き皇帝は、民を愛し、国を愛した。 我々の考えなど遠く及ばないほどに深い慈悲でもって、この国には今ひとたび、ささやかではあるが幸せという名の灯がともったように思えた。国の最期へと向かう、穏やかな日々だった。 彼はその時既に、父と同じ病に侵された、自らの天命の限りを知っていたのだという。 彼は初めて会った私に、兄上、と声をかけた。 私が驚いていると、私の母をそれほどまでに慕っていたと教えてくれた。息子がいることを母から聞き、私に会いたかったとも。 私が促されるまま枕元に腰を下ろすと、手を握り、抱きかかえるよう言われた。絢爛な衣の上からも、やせた彼のか細さが伝わってくる。 私の目元が母にそっくりだと言って、柔らかな指先で私の睫毛を撫でた。 母の奏でる琵琶は風に似て、その声は旋風の中を舞う花弁の様であったと懐かしんでくれた。 それほどまでにおっしゃってくださることが恐れ多く、私はじわりと汗をかいた。 幼き皇帝は、金糸銀糸に彩られた袂で私の汗を拭い、消え入るように「歌って下さい」と言った。 母のしてくれたように体をゆっくりと揺らし、背中の手で拍子を取る。 幼き皇帝は期待感からか、私を見つめ子供のように笑った。 なぜだかは知らないが、私は本当に彼の兄であるような心地になり、彼がただ一人の少年であるような気になった。 馬鹿げたことだ、恐れ多いことだと思いながらも、私の目からは、溢れ出る涙が止まらなかった。 震える声で母を思い出しながら歌っていると、彼もまたうっとりと瞼を閉じ、私と同じ母を見ていた。 私の歌が終わる頃、彼は大きな役目を果たし、短い短い生涯を終えた。 出来うる限り人を愛し、あらん限りこの国に尽くした。 そうしてまたこの国も、長い長い、歴史を終えた。 今思えば、彼ほどにあの国を愛した者はいなかっただろうと思う。 いや、まだこの国と呼ぶべきか。 彼は短い生涯にあれだけの民を愛しながら、隣国へ私たちの未来を託した。 人民は誰も傷付く事なく、なにも失う事なく、国はやがて穏やかな村となった。 彼の功績は最後の皇帝がもたらした奇跡として語り継がれている。 今日もまた、村には風が吹き、花が舞うばかり。 ----   [[サッカー部はバカとエロの巣窟>22-919]] ----

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