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やんちゃヤリチン×穏やかジジイ ---- 廊下を走る足音で、吉岡が来たと判った。 「……センセッ!」 喜色満面の大型犬にも似た男が、大きく研究室のドアを開く。 「吉岡君、廊下は走らない。……と、先日申し上げたはずですがね」 柔らかく微笑んだまま、佐々木は研究誌に向けていた顔を上げた。 は、と小さく息を吐き、穴の開いた風船のように瞬間しおれる。 「丁度良い、いただき物の和菓子がありますよ。お茶をお願いします」 「ッはいっっ!」 吉岡は顔を上げ、嬉しそうに電気ポットで茶を淹れ始めた。 大きな体躯に似合わず、繊細に気を使いながら丁寧に淹れる吉岡の茶が、佐々木は好きだ。 ピッチではあんなに大胆なプレイをしているのに、意外な面だと思う。 この研究室に吉岡が足繁く通うようになったのは、サッカーボールばかり夢中で追いかけて、単位という物に無頓着だったせいだ。 基本この大学は、スポーツ特待生には簡単に単位を上げていたが、佐々木だけはそのような事をしていない。 だから新年度で、青白い生徒たちの頭の上から、にょっきり伸びた赤銅色の顔を見て、魂消るほど驚いたのは当の佐々木だった。 一見やんちゃなガキ大将に見えるこの生徒は、思いの外真面目に講義に通い、まともに単位が取れそうなレベルになっている。 なのに何故か吉岡は、毎日のようにここにも顔を出す。 お陰で研究室にはここ数ヶ月、初めて見かける女の子が飛躍的に増えた。 いそいそと茶を用意し終え、向かいのソファに座った吉岡に、佐々木 は言った。 「君は、きちんと付き合っている人がいるのかな?」 すると、見る見るうちに吉岡の顔が赤らむ。 「え?あ、や。……そ、そのっ。……き、気になる人は……」 口ごもりながら吉岡は、誤魔化すように目の前の茶菓子にかぶりついた。 一口で頬張り、三回咀嚼すると素早く飲み込む。 「君とお付き合いしている、と自認する生徒から苦情がありましたよ。最近冷たいと」 「は、はぁ」 「同じような苦情が、今日で5人目です」 佐々木は澄ました顔で、茶を飲みながら苦情を伝えた。 ぐほごほと咳き込む吉岡にティッシュを差し出す。 「気になる人がいるなら、他の人に気を持たせてはいけませんよ。その子たちが可哀想でしょう?」 涙目になりながら鼻をかむ吉岡に、噛 んで含めるように言い聞かせる。 佐々木がじっと見つめると、慌てたように弁解を始めた。 「や、俺、僕っ!……まさかそんな…っ!」 立ち上がって面白くなるほど手足をばたつかせ、つ、と糸が切れたようにソファに沈み込むと、吉岡は深いため息をついた。 「ケーベツ、します、か?……こんな奴」 「いいえ」 佐々木は即答した。 「アイツらとは手を切ります。でも……俺、こんなん初めてで。どーして良いか、ワカンネッす」 髪の毛をかき回しながら、呻くように吉岡は言う。 湯のみを持って、佐々木は窓辺に立った。 「君がフィールドで活躍しているのを見ました」 とても綺麗な生き物だった、と佐々木は思い出した。 ポジションは判らないが、吉岡を中心に据え、生き生 きと動きまわって。 「あれを見たら、君の想い人とやらも心を動かされるでしょう……頑張りなさい」 「ほ、ホントッすか!え?マジで!?」 首まで赤くして吉岡が立ち上がった。 チャイムが鳴る。 「ほらほら、君はこれから講義でしょう?また今度にしなさい」 名残惜しそうな吉岡を追い出して、扉を閉じた。 若く力強く清々しい吉岡に比べ、白髪で老いさばらえた自分の、なんと醜い事よ。 それが証拠に、彼がいなくなるだけで、部屋の灯が消えたようだ。 何を考えているのだかと、佐々木は苦く笑った。 ----   [[インド人DK>22-609]] ----

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