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いっしょにごはんをたべよう ---- 長いことひとりで生きてきたわりに、桝田は料理がまるで駄目だ。 不器用なのではなく、単に食という行為に対する関心が希薄なのだろう。 おかずが塩だろうが、100グラム7000円のブランド牛だろうがノーリアクションだ。 冷や飯は温めずに保存容器から直接食べる。 黙々と栄養を補給する姿はいかにも作業的だった。 だからというわけではないが、仕事帰りにやつの家に寄って夕飯を食わせることにした。 連載を抱えて多忙なせいか、桝田は近頃またすこし痩せ細ってきた。 たいそう好評らしい恋愛小説の進捗状況よりも、友人の健康状態の方が気に掛かる。 予想はしていたが、やつの冷蔵庫はほぼ空に近い状態だった。 結局あり合わせで作った献立が、白いご飯と豆腐の味噌汁。 こんなこともあろうかとスーパーで買ってきた納豆を出し、ほっけを焼いた。 「どうだ」 なんとなくそう尋ねてみたが、こいつが味を理解しているかどうかは甚だ疑問だ。 「……うまいよ」 ぽつりと桝田が答えた。思いがけない感想だった。 気を利かせて世辞を言えるほど、桝田は社会化された人間ではない。 「うん、うまい。不思議だな。どうしてだろう」 少し驚いたような顔をして、桝田はこちらと手元の茶碗を交互に見遣った。 そんなことは自分で考えろよと言うべきところなのだろうが、 澄んだ薄茶の双眸にまじまじと見つめられて、ついつい目を逸らした。 「理由なんかどうでもいいんじゃねえの? 飯がうまい。実に結構なことじゃないか」 「そうかな」 「そうそう」 飯がうまい。それは昨晩の白飯をレンジで温め直したからかも知れないし、 誰かといっしょに食卓についているせいかも知れない。 あるいは納豆をかき混ぜてからタレを入れたとか、そういう些細なことかも知れない。 理由は何だっていいのだ。 人並みの幸せにおよそ縁のなさそうなこの男が、人並みに"食事をしている"だけでいい。 いつかこいつが結婚したりしたら、嫁さんといっしょに飯を食うんだろう。 そのうち子供が生まれたら、親子で食卓を囲むようになるんだろう。 家庭的な喜びを知らずに育った人間には、人一倍温かな家庭に恵まれる権利がある。 今こうして野郎ふたりで飯を食っているのは、その時のための準備体操のようなものだ。 そう自分に言い聞かせて、ほっけの塊を飲み込んだ。 細かな骨が刺さったのか、のどがちくりと痛んだ。 「明日も、佐々木といっしょに夕飯たべたい」 感傷的な物思いに割って入るように、桝田が言った。 「え? ああ、うん。別にいいけど、何時に仕事上がれるか分かんないぞ」 「待ってる。何時になっても平気だし」 「作家センセーはさすがに自由だな。まあ、なるべく早く帰れるようにはするよ」 「うん」 待ってる、と繰り返して桝田はほんのりと頬を緩めた。 あえかな、息が苦しくなるような笑顔だった。 ----   [[いっしょにごはんをたべよう>23-929-1]] ----

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