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ずっと友達 ----  テレビで、コンビの芸人がわめいている。  相方のことが大好きなんだと、臆面もなくうそぶいて、司会者にも他の出演者にも、そしてくだんの相方にまで手酷くツッコまれている。  藤田が眠っていてよかった。でなければ俺は結構なうろたえを見せただろう。  ──なぜ、友人と仲良くなりすぎてはいけないのか。  今日、俺と藤田は釣りに行った。防波堤から簡単に釣るやり方が面倒でなくていい。  釣果はたくさんの小アジ。昼過ぎには切り上げて、そろいで買った小出刃でふたり、ひいひい言いながらぜいごと頭を落とした。  塩とこしょうで唐揚げにして、半分は砂糖と醤油と酢をかけて南蛮漬け。  汚れたクーラーボックスを洗うついでに風呂に入って、日差しの強かった昼間の乾きをビールで埋めて、アジを際限なく食いながらテレビを見る。  たぶん、今日も藤田は帰らない。  職場でも何かと引き合いに出されるほど、俺達は仲の良い友達だった。  こんなふうに週末いっしょに遊んでお互いの家に泊まる、学生時代は良かったが最近では人に話すと驚かれるようなつきあいが、もう十数年続いている。  腐れ縁ともいうべき、同じ大学から同じ社に就職した藤田とは、もう離れる気がしない。  何度かの異動もあったし、藤田が地方に赴任した期間もあったが、友情は変わることなく今も続く。  ──強すぎる友情は、別の名で呼ばれるべきなのか。  昼間の暑さと満ちた腹のせいで、さっさと寝っ転がった藤田と同様、俺も半分眠っている。  思い出すのはこの一週間のこと。ああ、今週も忙しかったなぁ、今日のアジはそのご褒美だったな……なんて。  実に忙しかった一週間だった。そんな中、煮詰まった残業中に馬鹿話になった折、生意気な後輩が俺をからかったのだった。 「アヤシイんじゃないですか?」  あの後輩はつまらないことをよく言うのだった。気に留めるような価値もない軽口だ。  彼女もいない俺が、おなじく独り者の藤田とばかり遊んでいるなんて、それはいわゆる同性愛ではないか。  言って後輩はぎゃあぎゃあ笑った。  そんな……馬鹿な、本当に愚にもつかない話。みんな笑って修羅場が和んだ、それだけの話。  ──大人の男が友人を持ってちゃいけないのか。  上司や仕事先に結婚を促されてヘラヘラする。合コンにも誘われ、適当に行く。  女に興味がないわけじゃない。性癖はいたってノーマル、誰だって俺のPC見ればわかる。  結婚だってしないつもりじゃなかった。単に出会いがなかったのだ。俺の人生において確定しつつこの状況は不本意である。  もう何年かすれば四十才になる、出世もしそうになく格好良くもない俺に、嫁は来ないだろう。親も何も言わない。  不況のこの時代、世相は暗く、その日を暮らすのにせいいっぱい。  たまの週末に友達と好きなことをするくらい、許されてもいいじゃないかと思う。  結婚した友人達はそろって幸せそうでもあり、大変そうでもある。ただ一点、普通に世間に溶け込んでいることがうらやましい。  いつの間にか異端となった俺は、何も悪いことなどしていないのだ。  ──俺達の関係は、とがめられるようなことなのか。  夜になって冷えてきた。昼間暑いと反対に夜は冷える。  見れば藤田が縮こまっている。小さな毛布をとってきて、かけてやる。  ──相方になら俺、抱かれてもええと思ってるんです。  さっきのテレビが脳裏によみがえる。  あのとき、藤田が眠っていてくれて本当によかった。……そう思うのはなぜなんだろう。  天井に顔を向けて眠る藤田は、目をつぶっていてもまぶしいのか眉を寄せたしかめっ面だ。  初夏の日差しに一日で日焼けした赤黒い頬には、俺同様、年齢に応じたたるみが見える。  こいつも社内で何か言われたりするんだろうか。  それなりにいい男だとは思うのだが、状況的に藤田にも彼女はできないだろう。  それなら。  ずっと友達で……いいか? 藤田。  この先あと三十年近く、定年まで勤め上げるとして、その間一緒にいてくれるか、俺と。  ──いつまでも続く友情は、愛とは違うのか。  ……くだらない。  たったひとつわかるのは、藤田と俺の関係が間違いなく友情で、そして、だからこそ、かけがえのないものだってことだ。  この年になって、新たな友人など作れない。ましてや彼女や結婚など、もう面倒だ。  ずっと友達。藤田がいればそれでいい。 「……ッ」  急に涙がこみ上げてきて、眠る藤田を見ながら声を出さずに俺は泣いた。  今、すごく幸せだと思ったのだ。 ----   [[葉桜はきらいだ>23-889]] ----

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