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関西弁眼鏡 ---- そっと裏口のドアを閉めて振り返ると、そこには、腕を組んだ直人が立っていた。 「おかえり」 こっちの「おかえり」とは少し違うイントネーションで、ゆっくりと言われる。 まったくにこやかでない直人に向けて、俺は愛想笑いを浮かべた。 「たっ、ただいま。まだ起きてたんだな、直人」 「お陰さんで。どっかの誰かさんが黙って居なくなりよって、心配で心配でなあ」 心配だと言う割に、その声はやけにドスが利いている。 「で、どっかの作家先生さんは、こんな時間までどこをほっつき歩いとったんやろか」 「あー…いや、その。ちょっと気分転換の散歩に……」 眼鏡の奥の目がすっと細められる。それを見てとった俺は自然と早口になった。 「いやほら、俺が色々頼んだ所為で直人忙しそうだったから。邪魔しちゃ悪いなーって。  だってあのまま机に向かっててもきっと全然進まないし、それにずっと椅子に座りっぱなしで  背中も肩も首も痛かったし、身体も頭の中も一旦リセットさせないとこれは駄目だって思ってさ」 「へえ。締め切りまで二十四時間きった状況で、三時間近く気分転換。余裕やなあ」 冷たい目はそのままに、口元だけが笑みの形になる。 その表情に、俺は口からまだまだ出てきそうだった言い訳をごくりと飲み込んだ。 「な、直人……」 「今回は洒落ならん、原稿だけに集中したい言うて柄にも無く泣きよるから  これはよっぽどやと思って、こうして飯炊き風呂その他の用を引き受けたわけやけど、  そんだけ余裕あるならいらん世話やったな。そうかそうか」  「そ、そんなことない!すごく助かってるって!」 「へえ、さよか」 直人はこういうときでも決して怒鳴らない。ただこちらを見下ろして、淡々と言葉を紡ぐ。 こいつの他人より少しだけゆったりした喋り方が、この状況下においては非常に怖かった。 俺は割って入ることが出来ない。 「やかましい電話の線引っこ抜かんとちゃんと応対して担当さんいなして謝って、洗濯もん干して取り込んで、  どっかのアホの好物こしらえて、俺は嫁さんかいうくらい甲斐甲斐しく働いたっちゅーのに、  当のどアホは原稿も携帯電話もほったらかしでおらんようになって、しかも俺が寝た頃合を見計らってご帰宅や」 喋る速さは普段どおりだが、言葉数はいつもの二倍、三倍である。 「まあ俺はシロートやから、書くの書けないのの繊細な部分はわからんわ。気分転換も、  お前が要る言うんなら要るんやろ。けどそれにしたって礼儀いうもんがあるのと違うか」 その言葉はどうしようもない圧力となって俺にのしかかり、 それまで『スランプからの逃避』という名目で見ない振りをしてきた罪悪感を、今更ながらに刺激する。 「こっちは、お前が煮詰まったあまりに妙な事しでかすんやないかとか色々想像してしまうし  けど家を空けるわけにもいかへんし、電話は鳴るし、鍋は煮えるし、なんやもう三時間が三年間や」 そこまで言って、直人は組んでいた腕を解いた。 そして眼鏡を取って眉間を少し押さえて、また眼鏡をかけ直す。 「こういうのなんて言うんやったかな。言い回しあったやろ。一日、一年、……一日一週、ええと」 「……一日千秋の思い?」 恐る恐る言ってみると、直人はそうそれやと頷いてから一拍置いて 「アホくさ」 と呟き、俺から視線を外した。 俺の罪悪感はピークに達する。 要するに、俺を心配してくれていたということだ。 俺の情けない状況を知ったときも直人はぶつぶつと説教してきたが、最終的には助けに訪れてくれた。 「…………ごめん」 ようやく搾り出した俺の謝罪の言葉にも、直人の表情は変わらなかった。 ただレンズ越しに俺を一瞥してから小さくため息をついて「もうええわ」と呟く。 「疲れたから先に休ませてもらうな。締め切りは明日やろ。まあ頑張ってや。  飯は冷蔵庫、食べるならレンジで温めればええ。風呂入るなら追い炊きスイッチ。洗濯物はカゴ」 「直、」 「ほなおやすみ」 会話はそこで強制終了し、直人は一階の客間の方へと消えていった。 俺はスニーカーを履いたまま、勝手口で立ち尽くす。 カチコチと、時計の秒針がやけに響いて聞こえてくる。 うまくまわらなくなった頭で、俺は締め切りまであと何時間だろうとぼんやりと考えた。 ----   [[朴訥無口×わかりにくくデレる俺様>23-819-1]] ----

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