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大好きだからさようなら ---- 「おい、石川のちっちゃいの。酒」 「小石川です教授。お酒はもうダメです」 「ダメってなんで。俺の家だ、腐るほどある筈だろ。持ってきて」 「ダメです」 「いいだろもう日本には帰ってこないんだ、最後をお前と飲もうっていうのに」 「友達がいないだけでしょう。大体アメリカ行きだって自分で勝手に決めたくせに。最後を一緒になんて都合が良すぎます」 「………石川(小)」 「小石川です」 「俺だって別に行きたかないよ」 「じゃあどうして、行っちゃうんですか」 「逃げるためさ」 「どうして、最後の夜なのに酔おうとするんですか」 「それも逃げるため」 「根性無し」 「なんとでも言え。…なぁヒロキ」 「小石川です」 「愛してるよ。でもお前を見てると頭が狂っちまう、ごめんな」 「……もう二度と、あなたの様な意気地の無い意固地な人を好きにはならない」 「そうしろ。プチ石川、酒くれないか」 「小石川です。どうぞ存分に飲んで明日の飛行機に遅れて下さい」 「泣くなよ小石川、愛してるぜ」 「ええ僕もですさようなら」 ----   [[あなたさえ居なければ>23-639]] ----
あなたさえ居なければ ---- ※女絡み注意  週末ぐずつくはずだった天気は、まるで彼女を祝福するように式の間だけおだやかな陽光をサービスして  ささやかな結婚パーティはつつがなく幸福に終わった。  ごく親しい友人と身内だけの会に、二人にとって「学生時代の後輩」なだけの自分が招待されたことは  きっと幸せに思うべきだった。  真っ白いドレスは彼女らしくシンプルで、腰から床へとなめらかなラインを描いていた。  おれはその流線をじっと見るだけだった。  新郎であるところの先輩はおれの祝福を本当に喜んでくれて、何の曇りもない笑顔で何度もお礼を言ってくれた。  先輩と、彼女と、二人のご両親は笑いあいながら酒を注ぎあい  家族みたいに(家族なのだ)笑い合っていた。とてもとても遠かった。  なんだかもう、どうしようもなかった。  あの幸福さの前には、おれなんかの淡い恋はひれ伏すしかないのだ。 「……だからお前はダメなんだよ相棒」 「うるさいな。いつから相棒だ初対面だろ」  せっかく美味しかったレストランのシャンパンもワインも、全部安居酒屋の焼酎で流れて味を忘れてしまった。  礼服のまま、水のように焼酎を飲み続ける隣のこいつは、同じ大学にいたというだけで今日まで話したこともない。  でもおれはこいつを知っていた。こいつは学生のとき、彼女とほんの少しの間付き合っていたから。  今日の式にくるだなんて思いもしなかったけれど。  そう言ったら、へんと鼻で笑うからすこしむっとした。 「あいつが俺招待したのなんか、絶対にわざと。あてつけ。確信犯。  お前がゆめみてるような女じゃねえぞ相棒、いい加減目を覚ませ」 「……やめろよ、ふられ男の僻みは。見苦しい。てか何で相棒だ」 「ふられ男仲間だろ」 「ふられてない。告白もしてない。よって相棒じゃない」 「あああ、アホだねえ。お前、あいつはさ、そんなまわりぐるぐるして様子伺ってるような男きらいだよ。  式の邪魔してキスして奪っていくぐらいしないとさ、しろよ、今からしてこいよ」 「するかバカ。大体お前すぐ別れてたくせに、知った風なこというな」  ……彼女とこいつが付き合っている期間なんか把握している自分も大概気持ち悪かったけれど、幸いそこは指摘されなかった。  同じ女に振られた男同士でなぐさめあうどころか、苦い記憶ばっかり掘り起こされる。  おれはこいつの飲みの誘いに応じたことを心底後悔しながらちびりとグラスの中を舐めた。 「『自分の気持ち伝えもしないで、まわりぐるぐる回って、ひとのことバカにしてんの。   そういうの臆病者とか卑怯者とか言うんじゃないの?』」  隣で酒が回って突っ伏した男が、急に裏声で言い始めたので、  ああとうとうおかしくなったのかな、と思った。  視線を相手に向けると、こちらを見上げてにい、とチェシャ猫みたいな変な笑みを浮かべた。 「あいつの真似ー」 「似てない」 「似てるよ、俺、あいつに実際に言われたんだから。一言残らず間違いない」  子供が言い募る口調で呟かれた言葉を、おれはうまく飲み込めず眉を顰めた。  彼女が、お前に、なんだって?  訝しむおれなんか視界に入っていないみたいに、組んだ腕に顎をうずめて  男はぼんやりと机の一点を見ている。 「俺さあ。あいつと付き合ってたの、あれさ。あいつが好きだったからじゃねーんだ。  おれは、先輩が好きだったんだ」 「……は」 「あいつ先輩の好みなんだよなあ、見ればわかるよ超わかる  んなもんわかりたかねーけど好きなんだもん分かるんだよ。  先輩が、俺の目の前であいつのこと好きになるのなんか耐えらんなかった、  だから先輩があいつ好きになるより先に、俺があいつに手ー出したの」  考えるより先に口だけでしゃべっているみたいに、ぽろぽろと隣の男はしゃべる。  おれの理解力はとうについていってなかった。 「ああ、お前ひいただろう、ひいてるね、わかるよ俺だってこんな俺超ひくよ。  でもどうしようもなかったんだ、先輩誰かにとられたくもなかったし、  だからって、好きだなんて伝えて玉砕も出来なかった、拒否されんのなんか耐えらんなかった。  気持ち伝えるって何だよ、あいつは女だからあんな綺麗事いえるんだ、  俺になにができたんだよ、わかんだろ。  でも正しいのはあいつだ、悪いのは俺だよ、あん時は超泣かせた、最悪だ、最悪だろ知ってるよ」  早口で告げられる内容は理解の範疇を超えていて、おれはぽかんと聞くばかりだった。  声音は平板なくらい変わらなかったし、表情はほとんど見えなかった。  けれどもどうしてか不意に、ああ、こいつ泣くのかな、と思った。  でも、隣の男はへっ、と嘲るように笑った。  からりと傾けたグラスはもう溶けた氷しか入っていない。  男はしゃべり続ける。自分の言葉に自家中毒を起こしているみたいだった。 「俺ねえ、お前のこともずっと嫌いだったよ、知ってた?  先輩お前のことお気に入りだったじゃん。今日だってあんなににこにこされてさ畜生。  なあお前あの女奪ってきてよ。今からでもいいよ。  お前とあいつと二人でどっか逃げてよ、俺が先輩なぐさめに行くよ。  あいつさえ、あいつさえいなけりゃさあ」 「……いなくたって、お前が先輩に何も言わなかったら。また繰り返しだろ」  あんまり痛々しくて口を挟んだら、男が、ぱちと瞬いてこちらを見た。  丸い目だった。ああ、たぶんやっぱり、こいつは泣くのだ。  けれども男はもう一度笑った。くしゃりと、どうしようもないように崩れた。 「……よっくわかってんなあ相棒ー」 「相棒じゃない」  でも、気持ちは分かってしまった。  おれの記憶の中にも、同じ視線があった。  学生のころのこいつがいる。彼女と、二人で楽しそうに笑っている。おれは見てるだけだった。  あいつさえいなきゃあ、と思ってた。  でも、こいつも、そうだった。  そして、たぶん。こいつは彼女がいなくても、おれはこいつがいなくても、きっと、何も伝えられなかった。  ぐるぐると、一番好きな人の周りを回遊するだけの不毛な年月だ。 「冷てーなー。なぐさめてくれよ相棒」 「自分でがんばれよ。お前泣くなら便所に行けば」  言ってみたら、「うん」と存外素直に席を立つので少し笑えた。  おれはあいつの分まで次のグラスを頼んだ。  目をすこし赤くして帰ってきたあいつが、満たされたグラスを見て「相棒優しいなあ惚れそう」  とかいうから、そこは蹴飛ばしておいた。 ----   [[あなたさえ居なければ>23-629-1]] ----

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