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日本刀 ---- あの箱には決して触れてはいけない。 子供の頃、探険ごっこと称して、家の中を荒らし回ったことがある。 その遊びは和室の一部屋に隠すように置かれていた桐箱を手に取ったとき、祖父の一喝と共に終わることになった。 祖父は僕たちの悪戯を叱りつけながら、きつくきつく言い含めた。 あの箱には決して触れてはいけないよ、と。 次にその箱を目にすることになったのは高校生の時だった。 兄と何かの会話の弾みにふいと、昔見たあの箱を覚えているかという話になった。 一度思い出してしまえば中身が気になって仕方がない。 二人の記憶をすり合わせ、かつてと同じ場所にあった桐箱を引っぱり出した。 箱を閉じていた紐を解き、いざ蓋を開けてみれば中にあったのは一振りの日本刀だった。 電光を受けて黒光りする鞘。手に取るとずっしりと重い。 何故こんなものが家にあるのだろうと訝しがったが、 僕たちの目は初めて見る「道具」に恐れながらも惹かれていた。 おまえ、ちょっと抜いてみろよ。 兄の提案に逆らえず、少しだけ、柄を持つ手を引いた。 瞬間、ぎらりとした凶悪な光に僕は息を飲んだ。 ただの電光の照り返しとは思えないほどの異様な輝き。 それはどんなものよりも僕の目を焼いた。 ――睨みつけられた。そう思った瞬間にばしんと強く障子が開け放たれた。 振り向いた僕たちが見たのは、その刀を抜いたのかと問う祖父の姿だった。 祖父は昔より強い調子で僕たちを叱り飛ばし、 これは妖刀だから決して鞘から抜いてはいけない、と告げた。 そして、もうこれのことは忘れてくれと、祈るような声でこぼした。 祖父が去り気まずい静寂が続く中、僕はただ、見たか?とだけ問うてみた。 兄は、何を?と返した。何を見たかは、答えられなかった。 突然の乱入に驚いた拍子で刀を鞘に納めたため、刀身を見たと祖父が知ることはついになかった。 数年経ち、僕は滑り止めの大学に辛うじて引っかかった。 あれ以来、楽しいものや美しいものに心を留めることもなくなった。上の空になることが増えた。 ただ、あの時の輝きを思い出すだけの数年だった。 妖刀とはこうやって人を惑わすものなのかとどこか感心しつつ、 この件に決着をつけなければならないと感じていた。 そのためには彼に――そうだ、本能的にあの刀が男であることを知っていた―― 彼に、もう一度会う必要があった。 さすがに高校生のときの一件があったからか、例の桐箱はあの和室にはなかった。 しかし、僕は祖父の所有している離れの蔵があることを知っており、 そこへの忍び方も、昔の悪戯の経験から、これまた分かっていた。 今はもうたやすく思い出せる箱。今度は一人きりで紐を解く。 彼を持ちあげる手が震えて震えて仕方なかった。 力を込めてゆっくりと鞘から引きぬくと、月明かりを受けて刃の上を光が流れていく。 そうして現れた全身を目にした時、 僕は、彼が妖刀だということを忘れた。――刀であるということさえ頭から消し飛んだ。 彼の姿はほっそりと澄んだ鈍色をして、久しく忘れていた美への感動を思い出した。 あの時とは違う優しい目の輝きと、ただただ見つめ合っていた。 どれほど時が経ったか、不意に彼の先端が服の襟元に触れた。 そのままボタンをぷつぷつと弾けさせながら降りていき、彼の目の前に裸の胸が晒されることになった。 彼自身を握っているのは僕なのに、彼の動きに僕の意志は全く関与していない。 肌に触れる、冷たくぴりぴりとした指先。 喉仏や胸元を特に好んでくすぐっている。 こうして彼は人を愛してきたのだろう。触れられたところからじわじわと深い陶酔が広がっていく。 その胸を撫ぜた手は鳩尾を滑り、くっ、と腹の上で止まった。 お前を鞘にしてもいいのかと、決意を問われているのが分かった。 ここまで強引に事を進めておいて、何を今さらと笑う。 彼にされることならば何も怖くはない。与えられる全てを愛することができる。 手に力を込めて、受け入れる。 ぐわん、と脳が揺さぶられる感覚がし、数瞬遅れて頬の熱さと兄の姿を知覚した。 気づけば彼は既に僕の手の中にはなく、真っ赤な顔をした兄がぶるぶると震えるほど固く握りしめていた。 あのとき探険をしなければ、祖父の言いつけを守っていれば、刀を抜かせなければ、 俺が兄だから止めなければ、守らなければならなかったんだと、全てを悔いて泣いていた。 夢心地の中で聞いた兄の独白も、僕の何を変えることもなかった。 ただ彼を納めるはずの体の中心から、とうとうと血が流れ出ていくのを感じていた。 あれから祖父の手により彼は二度と僕の目に触れないようにと、どこか遠いところへ追いやられてしまった。 だけど僕は彼を探し求め、程なく彼を見つけることができるだろう。 なぜなら、腹の傷が今もうずいて呼んでいる。呼ばれている。 ----   [[記憶喪失な攻め>23-369]] ----

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