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自転車通学の君
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時刻は午前6時50分。朝陽に水面がゆらりきらめく河原道。
ランニングシューズのひもをきゅっと締めて、屈めた膝をぐっと伸ばす。
光を背負ってやってくるあの人に向かって、走り出した。
「おはようございます!今日もいい朝ですね!」
「おまえのおかげで俺は今日もいやな朝だ」
こちらには目もくれず、機械的にペダルを漕ぐその横顔を、見逃してしまわないように必死で走る。
体力をつけようと始めた毎朝の日課も今日でもう3カ月。あなたを初めて見つけてからは1カ月。名前も知らない、年も知らないあなた。
唯一わかっているのは、その制服が県内有数の進学校のものであること。その高校は、ここから電車で1時間かかる先にあるというのに、あなたは毎朝1分と遅れることなく自転車に乗ってこの道を行く。
頭がいいのに運動も怠らないなんて、きっと勤勉な人なのだろう。部活もなにかやっているのかな。年はいくつだろう。名前は、なんていうんだろう。
ささいな好奇心と興味が、いつのまにか毎朝の日課の目的を変えていた。
「いいかげん名前教えてくださいよ!それからどこ住んでるんですか?近所ですよね?俺、遊びにいきますよ」
「うるせぇうるせぇ。毎朝毎朝、よく飽きねぇな。ストーカーかよ」「飽きませんよ!ストーカーでもいいっす。俺、あなたと仲よくなりたいんです」
笑って言えば、ちらりと一瞥くれて、ペダルを漕ぐスピードをあげられてしまった。それでも負けないと、またも必死に追いつこうとする。
しかし振りあげようとした左足がなにかに遮られて、視界にひろがった土の色。気づいた時には体が地面に叩きつけられていた。転んだのだ。
やってしまった。あの人は俺のことなんてかまうことなくもう走り去ってしまっただろう。
ため息をついて顔をあげると、あの人が自転車を置いて目の前に立っていた。
「バカ。靴ひもぐらいちゃんと結んどけよ」
そう言って、ほどけた俺の左足の靴ひもを器用に結び直す。嘘だ。あの人が、俺の前にひざまついている。あの人が、自転車を降りているところなど初めて見た。
「おまえさ、ずっと敬語使ってるけど、いくつなの」
「あ、17歳。高校2年生、です」
「なんだよ、同い年じゃんか。タメ語使えよ。きもちわりぃ」
靴ひもを結び終わると、制服の砂を払ってさっさと自転車に乗りこんでしまう。
自転車はすぐに走り出した。
「え、待って!名前!名前は?」
「……また、あした。な」
自転車に乗る背中はどんどん小さくなって、橋を渡って街中へと消えてしまった。
靴ひも。同い年。タメ語。……またあした!
ああ!自転車通学の君よ!
ほんの数百メートルの道のりをあなたと並んで走る朝の時間。
それでも至福の時間を、また明日も。
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[[愛は痛み>23-239]]
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