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ふみなさい
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「踏みなさい」
居間でごろんとうつ伏せに寝転んだ智也さんが、柔らかな口調で俺に言った。
突然、そんなことを言われても困る。
「あの、俺、高校せ……」
「大丈夫。父さんなら大丈夫だ、信じなさい」
何が大丈夫、なんですか。何を信じろというんですか。
項垂れた俺を肩越しにちらりとみて、智也さんはまた大丈夫だと言った。
俺はもう高校3年にもなる男だ。背も高い方だし、結構体重もある。
大丈夫、踏みなさい――といわれても、そう簡単に頷けはしない。
俺は案外常識人なんだ。
対する智也さんは、よれよれのスーツを着た線の細い――よく言えば繊細な、悪く言えばもやしみたいな人だ。
俺なんかが踏んだら、ぼきっと骨が折れてしまいそうだ。
40をとうに超えた、義理の父。
母が再婚相手として連れてきたこの人のことを、俺はまだ『智也さん』と呼んでいる。
別に智也さんのことが気にいらないわけではない。
俺自身は、智也さんのことをとっても気に入っている。
智也さんは、優しくて大らかな、陽光のような人だ。俺は、そんな智也さんが大好きだった。
だけど――踏みなさい、なんて言葉はいただけない。
俺はもう一度、ぶるりと首を横に振った。
「裕貴……踏んではくれないのかい?」
「俺が踏んだら絶対痛いから……」
「大丈夫だ! 私は踏まれるのが好きなんだ。痛いぐらいが気持ちいい」
智也さん、その発言はいろいろ危ないような気がするんですが。
体を起こし、眼鏡をずるりと落としかけながら力説する様子に、俺は小さく嘆息した。
こうみえて智也さんは頑固なところがある。
今日やってあげなければ、明日もあさっても――下手すると一年ぐらい言い続けかねない。
だったら、早く済ましてしまおう。
恐る恐る右足を出して――智也さんの細い腰に添える。
そのまま、ぐっと全体重を乗せ――
「……ッ!! い、痛ッ」
「ごっ、ごめん!」
直ぐに飛び退けば、智也さんは腰を摩りながらほろりと涙を零す。
やっぱり、大丈夫なんかじゃなかったじゃないか!
「智也さん、大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫、大丈夫。あだだ、こ――腰が」
「ああほら、起き上がらなくっていいから!」
只でさえ、智也さんは腰が悪い。
腰を押さえながらも無理に起き上がろうとする智也さんを制して、俺は直ぐにシップを取りに走った。
シャツをぐいと捲り上げ、先ほど踏んだ箇所に張る。
「足の裏を踏んでもらうマッサージ、あるだろ? あれを子供にやってもらうのが私の夢だったんだ」
座布団に顔を埋めながら、智也さんが言った。
母は再婚だが、智也さんは初婚だ。智也さんに、実の子供は居ない。
二人の間の子供は俺だけだ。
つきん、と胸の奥が痛む。
「足の裏は流石に痛いだろうから、と思って腰にしてもらったんだけど――やっぱり痛かったな」
「当たり前だろ。マッサージなら俺、ちゃんとやってあげるよ?」
「いやいや、子の体重をぎゅっと感じたかったんだよ。それが父親の幸せってもんだろう?」
智也さんはそう言うと、手を伸ばして俺の頭をわしわしっと撫でた。
節ばった細い指が髪を掻き乱し、くすぐったくて心地良い。
「父さんって呼べとは言わないよ。だけど裕貴も、私の子供なんだからね」
「うん――分かってる」
智也さんの薄い唇が、俺の名前を呼ぶ。
それが妙にせつなくって、俺は俯きながら呟いた。
智也さんは、俺のことを実の子供だと思い接してくれている。
ギクシャクさせているのは、俺の方だって言うのも分かってる。
智也さんのことは、好きだ。だけど、どうしても父さんとは、呼べない。
ごめんね、智也さん。
俺は貴方に、父親以上の愛情を抱いています――。
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[[幼稚園の頃からの幼なじみ>9-709]]
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