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メイド喫茶 ---- 「お帰りなさいませ、御主人さまあー」 「なにやってんですか、斎藤さん」 帰宅すると、玄関先ではバリトンのメイドが待ち構えていた。硬質の 黒髪を縁どる白いフリルのカチューシャ、地味な紺色のブラウスに、上 腕二頭筋の辺りをくるりと包む、少し力を込めれば弾け飛びそうな短い 袖、胸板を誤魔化しきってないエプロンドレス、腹筋の辺りで指先を ついと揃えた大きな手に、潔く伸びた、隠すという発想が微塵も感じら れない大腿、膝小僧、つるりとした脛、ブラウスと同じ色をした襞つき スカートのその裾をちょいと摘まんで、「お席に御案内しまあーす」 自分の家の事なのだから御案内も何もあったものではないのだけど、 豪腕メイドは先手を切って、板張りの廊下をペタペタと歩き出した。 裸足である。 「ストッキング、履かないんですか。脛毛、わざわざ剃らなくても」 「メイドに向かってスネゲとか言わない。剃刀負けでまだ ひりひりしてんですよ」 どこまで付き合えばいいのか判断をつけかねているうちに、襖をからり と開けて居間に着き、「御主人様、御注文をどーぞー」ときたものだ。 「あのう、せめてその棒読み、やめませんか」 「オムライスですね」 「頼んでませんって」 「ヘイマスター、オムライス一丁!」 部屋続きの台所から、はいようと投げやりな返事が聞こえる。 偽メイドは調理場の板前さんまで巻き込んで暗躍しているようだ。 「あれ、でも正おじさん、晩御飯には鯖を使うって言ってたような」 「はい、ですので本日は特別に、あつあつのオムレツの下に サバずしを敷き込んでございます」 どうしてそう料理人を挑発するような事を考えつくのだろうと、僕は呻 いた。おそらく原因は先日、あまりに世間知らずな僕を見かねた級友が メイド喫茶なるものに連れて行ってくれたことにある。自由を謳歌する 街の、メイド姿の魅力的な女の子達に感激し、体験したこと全てを斎藤 さんに語りまくった。斎藤さんは、家令という古めかしい役職以上に 親身になって世話をしてくれる。特に僕の大伯父なる人物は戦前、 当時で言うカフェの女給さんに夢中になり、「勉学粗略にすること甚だ しく」と当代の家令に嘆かれた程だから心配されるのも分かるけど、 なんでも身内で済ませればいいって問題でもないと思うんだ。 「他に御用事はございませんかー」 「ええ、えと、そうだ、この間行った所は、店員さんが猫耳つけてた」 「はて私の、どなたかが幼い頃から肩車をする度にひっぱって くださったおかげでいつの間にやら逆毛しか生えてこなくなった面白い 頭だけではご不満か」 「ごめんなさい、もう言いません」 「往時が偲ばれますなあ。嗚呼お小さい頃はお兄ちゃんお兄ちゃんと、 郭公の雛のように懐いてくださいましたのに」 「いつまでも弟みたいな扱いじゃ気が済まなくなったんだよ」 「そもそも料理人が名前呼びで私が苗字呼びとはどういう御了見かと」 聞いてよ、と僕は頭を抱えたが、正おじさんが気を利かせて別々に 装ってくれたお皿のサバにケチャップで名前を書こうとした彼を必死で 止めて、その日は暮れた。斎藤さんのメイド攻撃はその後数週間続い た。懇願、嘆願、愁訴を尽くしたものの、「ではばあやさんに交代して 頂きましょう。喜寿までまだ三ヶ月もあると申しておりましたし」と 脅迫してくる始末だ。困った挙句に僕は級友達から資料を借りまくり、 今度は斎藤さんに女性向の「執事喫茶」なるものを吹聴した。それが功 を奏したか、彼は本来あるべき姿へと戻り、燕尾服をばっちり着こなし て出迎えてくれた姿はそのまま夜会へ蹴り倒したいほど様になっていた が、マニュアルには女の人の接客用の「お帰りなさいませ、お嬢様」と いう言い方しか載っていなかったらしく、僕を目の前にして第一声を どうするべきか、生真面目に悩む顔に少しだけ、溜飲を下げた。 ----   [[色鉛筆>9-669]] ----

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