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権力者の初恋 ---- 生まれながらに権力を約束されていた。 見目麗しく学問に秀でた、大国の王太子。 性格は冷酷というより酷薄。 人の心がない、非人間と陰で散々に言われていた。 手に入るものに興味はないから、欲しいものなど何もない。 かしずく者は疎ましい。治める民は愚かしい。 万人を平等に見下し、当然ながら恋愛とは無縁に日々を生きていた。 そんな王子も父王の退位を受けて王位に就くこととなり、各国から慶賀の使者が続々と訪れる。 若い新王は酒癖が悪く、 めでたいはずの酒宴で誰彼かまわず論戦を吹っかけた。 そこで使者の一人と、有名な詩人の作品を巡っ て議論を戦わせた。 議論に決着はつかなかったが、王は使者の才気を気に入り、手元にとどめ置くことにした。 使者はよき友になった。何といっても、まず聡 い 。 歳の離れた兄のように王を甘やかし、 時には愛 情深い父親のように非を叱った。 知らず渇いていたものを満たされて、王はたちまち夢中になった。 公務にも、饗応の席にも、狩りにも、寝室にさえ、公然と彼を伴った。 先王の忠臣たちは眉をひそめたが、王に諫言を 聞く耳はなかった 。 ところが使者は偽者だった。 監禁されていた本物の使者が逃げ出し、そこから偽使者の素性が知れた。 彼は、王を暗殺するために送り込まれた市井の男だった。 王が経緯を質そうと男のもとへ踏み込むと、男は自らのどを掻き切り息絶えていた。 物言わぬ遺骸の傍らに、遺書が一通残されてい た。 男が、先王の時代に滅ぼされた小国の生き残りであったこと。 親族を失い、故国の復讐を企てる集団によって育てられたこと。 王の命を奪うべくこの国に送り込まれたこと。 こうして私人としての王に接し、王が詩を愛する心をもつ人間であることを知り 本来の目的を果たせなくなった今、死んで詫びるより他に道はないと綴られていた。 共に過ごした思い出、感謝の言葉とともに、赦されなくてもいい、ただ幸せだったと結ばれていた。 王が人間らしく取り乱したのは、後にも先にもその時限りだった。 王は男の亡骸と詩集を棺に入れ、国を挙げて大々的な葬儀を執り行った。 それからは身を慎んで国を治め、死ぬまで詩を口遊むことはなかった。 最初で最後の恋だった。 ----   [[この想いを詩歌に乗せて>22-259]] ----
権力者の初恋 ---- 生まれながらに権力を約束されていた。 見目麗しく学問に秀でた、大国の王太子。 性格は冷酷というより酷薄。 人の心がない、非人間と陰で散々に言われていた。 手に入るものに興味はないから、欲しいものなど何もない。 かしずく者は疎ましい。治める民は愚かしい。 万人を平等に見下し、当然ながら恋愛とは無縁に日々を生きていた。 そんな王子も父王の退位を受けて王位に就くこととなり、各国から慶賀の使者が続々と訪れる。 若い新王は酒癖が悪く、 めでたいはずの酒宴で誰彼かまわず論戦を吹っかけた。 そこで使者の一人と、有名な詩人の作品を巡っ て議論を戦わせた。 議論に決着はつかなかったが、王は使者の才気を気に入り、手元にとどめ置くことにした。 使者はよき友になった。何といっても、まず聡 い 。 歳の離れた兄のように王を甘やかし、 時には愛 情深い父親のように非を叱った。 知らず渇いていたものを満たされて、王はたちまち夢中になった。 公務にも、饗応の席にも、狩りにも、寝室にさえ、公然と彼を伴った。 先王の忠臣たちは眉をひそめたが、王に諫言を 聞く耳はなかった 。 ところが使者は偽者だった。 監禁されていた本物の使者が逃げ出し、そこから偽使者の素性が知れた。 彼は、王を暗殺するために送り込まれた市井の男だった。 王が経緯を質そうと男のもとへ踏み込むと、男は自らのどを掻き切り息絶えていた。 物言わぬ遺骸の傍らに、遺書が一通残されてい た。 男が、先王の時代に滅ぼされた小国の生き残りであったこと。 親族を失い、故国の復讐を企てる集団によって育てられたこと。 王の命を奪うべくこの国に送り込まれたこと。 こうして私人としての王に接し、王が詩を愛する心をもつ人間であることを知り 本来の目的を果たせなくなった今、死んで詫びるより他に道はないと綴られていた。 共に過ごした思い出、感謝の言葉とともに、赦されなくてもいい、ただ幸せだったと結ばれていた。 王が人間らしく取り乱したのは、後にも先にもその時限りだった。 王は男の亡骸と詩集を棺に入れ、国を挙げて大々的な葬儀を執り行った。 それからは身を慎んで国を治め、死ぬまで詩を口遊むことはなかった。 最初で最後の恋だった。 ----   [[権力者の初恋>22-249-1]] ----

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