「20-229-1」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

20-229-1」(2011/06/25 (土) 20:16:26) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

年越した瞬間に殴られた ---- 燗はぬるい。 徳利は品の良い小さなもので、間をもたせるには足りない。 差し向かいの義兄にはこの徳利で足りるのだろう。音量をしぼった紅白に見入るでもなく、ただこたつに座っている男は、俺が考えていることなど知るはずもない。 よくおめおめとこの日を迎えられたものだ,俺も。 質の悪い借金をしては全部呑み捨てるような生活。 そのままほって置いてくれれば、今頃は義兄にとっても良いようになってたはずだった。 入り婿が、邪魔な義弟をわざわざ探し出して身ぎれいにさせて連れ帰った、とは大した美談だ。 酒を遠ざけ、目の届く配達仕事なんかさせて、姉に義理立てたのか。 もはや親父も母さんもなく、また姉も去年死んだとなれば、黙って家を独り占めできただろうに。 仕事を覚えなかった俺の代わりに親父の跡を継いだのだから、誰はばかることもないのだ。 「雪だよ、積もるだろう……」 半年ぶりの酒を飲ましてやろう、そう誘ったのは義兄だった。 おせちの切れ端をもらってきたものの、広い家には男二人、にぎやかに過ごせるはずもない。 「年賀状が遅れるかもしれないね、ここは山の上だから」 よれたどてらに度の強い眼鏡をかけたこの貧相な男と、こうしてふたりきりになるのがずっと怖かった。 「除夜の鐘か……年が明ける」 今さら俺なんか呼び戻してどうするつもりだろう。世間体なんか気にするような人じゃなかったのに。 「……これで、泰子の喪が明ける。喪が明けたらね、俺はね」 向き合うのがつらいなんて、この人には思いもつかないんだろう。 一緒になんていられない、だって俺は。 『あけましておめでとうございます、新しい年の……』 義兄は、つけっぱなしのテレビに「ああ、明けたね」と、スイッチを切った。 「宗一」 呼ばれて上げた頬を、義兄の手が打つ。 「何す……!」 呆気にとられた俺に、義兄は静かに 「もう終わりにしようじゃないか  泰子の喪中は良い兄でいようと思っていたんだよ、それはもうやめる」 と言い放った。 義兄の顔は強張り、知る限り慣れているはずもないことをした手は、行きどころに迷ったままだ。 ああ、と納得しかけた。俺は放り出されるんだな。 と、義兄は慌てていつもの顔に戻って 「違う、違うそうじゃない」と座り直し、長い間のあとようやく振り絞るように言った。 「……おまえのことがもう見ていられなくてなあ……お前の人生を変えてしまったのは、俺なんだろう?」 猪口をまさぐると一息で干して 「俺がこのうちに来た7年前に戻れるわけじゃないけど、逃げ回るのは終わりにしよう、  喪が明けたら覚悟をしよう、そう思っていた」 置いた猪口がカタカタと派手な音をたてた。 ――では何だったというのだ、俺のこれまでは? 世界が一回転する。 まるで全て知っているような言い草をするじゃないか? ……知られていたのか。 胸にあふれたのは絶望。 それでも、俺は最後の抵抗をせずにはいられない。 「敏さんはわかってないんだ、俺はここにいちゃ駄目になるし、あんただって……!」 カタカタ、カタカタとまた猪口が音をたて、俺をとどめた。 見れば指の節が白くなるほど猪口を握りしめ、去年まではただの義兄だった男が、俺を見つめている。 「いいよ」 と言った。 「覚悟したって言っただろう?……だからお前も覚悟しろって言ってるんだ」 打たれた左頬が途端にジンジンと、熱いように、冷たいように、脈打ち出した。 俺は浮かされるように男の手を握った。 ----   [[殊勝なことを言ってはいるが>20-249]] ----

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: