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ハリネズミのジレンマ ----  あるとき、ぼくは――恋をした。    寒い寒い冬の風が吹く頃だ。  背の高い草を掻き分けてご飯をさがしてた僕は、大きな広場に出ていた。  金属の冷たい木がところどころに立つ、大きな広場だ。  ひくひく鼻を動かして広場を歩いていると、ふと僕の耳に大きな大きな声の波が押し寄せてきた。  驚いてぱちんと目を瞬かせる。よくよく見れば、広場の中央に大きな生物が座り込んでいた。  ――ぼくはちゃんと勉強していたから、それがなんなのか直ぐに分かったんだ。  ふわふわの毛を頭の上だけに生やし、不思議な布で体を覆う白い肌の動物。それは、人間、って言うんだ。  人間はね、皮の靴でぼくたちを踏み潰そうとする――って先生は言ってた。だから、ぼくも先生のいいつけどおりに逃げ出そうと思ったんだ。  だけどね、その人間は全く動かない。  あれ、と思ってじいと目を凝らしてみると、時々肩と呼ばれる所を揺らしているのが見えた。  死んでいるわけでも、眠っているわけでもなさそうだ。ぼくは、なんだか興味が湧いて人間に近づいてみたんだ。    そうすると、人間はまた大きな声を出して唸った。  吃驚して足を止め声の出所を見上げたら、人間がなんだか悲しそうな顔で俯いているのが見えた。    どうしたの、と僕は言った。けれど言葉は届かなかったようで、大粒の雨が僕の頭にぽたんと落ちた。  その雨はとてもしょっぱい――空から降る雨じゃないみたいだ。  雨粒はいくつもいくつも僕の頭に落ちた。避けようとはするけれど、突然の事で逃げ切れない。  頭をびしょびしょにしながら、どうしたの人間さん、ともう一度ぼくはいった。  そうしたら人間は空みたいな青い瞳を潤ませてぼくを見下ろした。  人間は、きょとんとした顔でぼくを見た。ぼくもその顔にきょとんとした視線を送った。  ――先生の話じゃ、人間っていうのはとても怖いものだって聞いていた。けれど、ぼくが見た人間はとても綺麗な目をしていた。  空のような青が揺れる。ほんのり桃色に色付いた肌は、とっても柔らかそうで守ってあげたくなるほどだ。  また雨が零れた。それは人間の瞳から振ってきた。  ――そこでやっとぼくは気付いたんだ、これは雨じゃなくて『涙』って言うんだって。 「どうして泣いてるの?」 「虐められたんだ、ぼくの髪の毛が金色だから」  ぼくたちは簡単な言葉を交わした。人間の言葉に、ぼくは吃驚した。  確かに人間の毛は、綺麗な金色をしていた。柔らかそうな金色の毛は、風にゆらゆら揺れて太陽に透けてきらきらと光っている。とっても綺麗だとぼくは思った。けれど、人間にとっては良くないものらしい。  慰めてあげなくちゃ、と思って、僕は手を力いっぱい伸ばした。悲しいときは頭をなでなですると元気になるってママが言ってた。この人間も悲しいんだ、と思ったらなでなでしてあげたくなったんだ。  ――いや、それだけじゃない。ぼくはその人間に触れてみたい、って思ったんだ。  だけど、ぼくの手は宙をひらひらと舞うばかりで、頭どころか人間の膝や手にすら届かない。――人間にくらべて、ぼくの体が小さすぎる。  そんなぼくに気付いて、人間は青い瞳をぱちんと瞬かせる。大粒の涙が、またぽろんと落ちた。 「慰めて、くれるの?」  そう言って、人間がそっと白い指先を寄せた。でも、それも僕の背中の1センチ前で突然その指は止まってしまった。  人間は戸惑った目でぼくを見ている。――ああ、僕に硬い毛があるからだ。 「――慰めてくれたのに、ごめんね。ちょっと、怖いや」  と悲しげな声で人間が鳴いた。  ぼくは否定できなかった。だって、興奮したら人間の柔らかな肌を傷つけちゃうから。触れたいけれど、傷つけるのは嫌だった。  でも、人間が僕に触れようとしてくれたのが嬉しかった。気にしないでいいよって、ぼくは笑った。 「無理しないでいいよ! いつかぼくがおっきくなって、きみに触れてみせるから」  ぼくはどんと胸を叩いていってみせた。  そうと決めたら、こうしちゃいられない。大きくなるために、ご飯探しをしなくっちゃ。 「またここであおう! ぼくは、またきみに会いたい」 「うん、僕も君に会いたいよ」 「約束だよ」 「約束だね」  ちいさな手をぶんぶん降って、ぼくは人間に背を向けた。ぼくは急いでご飯を探した。早く、あの子に触れてあげたかった。    ――ちいさな体は中々大きくならなかった。  人間の姿は時々広場で見た。でも、大きくなってから会うんだって、ぼくは必死に我慢して会わなかった。  早く大きくなるように、大きくなるように、沢山沢山ご飯を食べた。でも、大きくなれなかった。    いつしか、広場で人間の姿を見ることは無くなった。  毛の黒い人間とは何度か出会た。その人間は嘗て先生が言っていたとおりに、ぼくを踏み潰そうともした。  けれど、金色の毛を持つ人間は現れるまで、ぼくは必死に広場へ通った。  ――木枯らしの吹く日だ。また会おう、と言ってからもう何年たっただろうか。  結局ぼくは大きくなれなかった。けれど――最期にどうしてもあの人間に会いたくて、震える体で広場への道を歩む。  揺れる草を掻き分けて広場へと出たが、人間の姿は何処にも無かった。どこを探しても、無かった。  ぼくの目から、ぽたりと涙が落ちた。それは、あの日人間が零した涙と同じ場所に落ちた。  何故あの時会いに行かなかったんだろう、とぼくは今でも後悔をしている。  死ぬまでぼくは大きくなれず――あの人間と再会することも叶わなかった。 ----   [[ハリネズミのジレンマ>8-819-1]] ----

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