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コスモス・時間旅行者 ---- 風のない穏やかな秋の日に一人、思い出の丘の上にあるコスモス畑。 立てかけた画架に白いカンバスを置いて、それを少し離れた木陰からいつかのように眺めてみる。 ちょっとだけ視線を逸らせ遠くの雲を見るふりをすると、目の端にお前の姿を捉えることができた。 ぬるい陽射しを受けてコスモスたちは時間などないのだよとばかりに、ただそこにいつまでも。 一枚の絵ハガキが届いたのだ。 見覚えのあるその風景を描いたのが誰なのかは、すぐにわかった。  このハガキが届く頃には帰る  会って話したいことがたくさんあるんだ 描かれていたのは、上京するまで共に過ごした故郷のコスモス畑。 お前はよくそこで、時間を忘れて絵を描いていた。 俺はその側で何をするでもなく、ただそんなお前をいつまでも見ていたっけ。 今でもその風景は同じくここにあり、コスモスは今日も完璧な均衡を保ち続けそこにいる。 だから俺は一人コスモス畑に佇む。  ハガキが届いたぞ 帰ってきてるんだろう?と、遠くの雲に言ってみる。 目の端のお前は黙って絵を描いている。 話したいことって何だよと、足元のコスモスに問うてみる。 学生服姿のお前は黙って絵を描いている。 俺も伝えたいことがあるんだと、目を閉じて呟く。 旅立つ前のお前が微笑む。 流れるものなど何もなく、何も動かず、何も変わらず、 まるで宇宙の中にいるような静寂に包まれ、今という感覚はとうに消えた。 触れ合うことで一度は崩れた俺たちの、失ったはずの均衡のなかで、 俺はいつまでもいつまでもこうしてありたいと、完璧なる均衡の中に、思うんだ。 決して目合うことのないこの均衡の中に。 ふと、目の端のお前が、振り向いた。 それと俺の背後から一筋の風が起こったのは、同時であった。 いっせいに身を倒し、震えるようにしてコスモスは ざあぁっと、風が吹き去るのを待っていた。 生まれたばかりの風が俺を通り抜け、花の中のカンバスを画架ごと倒す。 きえ逝く間際の風はいくつもの花びらを宙に舞い上げ、コスモスたちは秩序を失う。 めに見えたのは時間。俺は今に引き戻され、また一人。 やわらかに秋の陽が、長い影を作っていた。遠くの雲は薄紅の色。 もう一度お前の名を口にし、俺は初めて、お前のために泣くことが出来た。 一枚の絵ハガキが届いた。 どうして一年も前に投函されたハガキが今頃になって届いたかは知れない。 ただ俺は、生きていかねばならないのだと、思った。 ----   [[人でなし×お人よし>8-469]] ----

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