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さんま
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あの人が美しい所作で観客に向かって頭を下げ
高座から下りて来る。
私は舞台の袖で拍手の音を聞きながらあの人を迎えた。
あの人の高座はいつも見事だ。殊に今日の「目黒のさんま」
は滑稽味の中に粋と滋味を感じさせた。
あの人の高座を初めて見たのはまだ中学生のころだった。
親に連れられて訪れた寄席で、あの人の「崇徳院」を見たのだ。
大店の若旦那が見知らぬ美しい娘に「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」
という崇徳院の歌を書いた紙を渡され、一目惚れする。
いつかまた巡り会って添い遂げようという娘の気持ちを感じた若旦那は
恋焦がれて寝付いてしまい、周りの者は若旦那のためにその娘を探す。
そんな落語だ。
それが私の恋の始まりだった。
私はそれまで何の興味も持っていなかった落語の世界に引き込まれた。
いや、あの人に魅せられた。
あれから20年。あの人を追いかけてここまで来た。
決して短い時間でも平坦な道程でもなかったが、この道のはるか
先にあの人がいるのだと思うと、同じ道を辿っているという
それだけで嬉しかった。
高座にあがる私の懐にはいつも小さな白い紙切れが丁寧に
畳まれて入っている。これをいつか渡したらあの人は答えてくれるのだろうか。
「われても末に 逢わんとぞ思ふ」
と。
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[[遠くて近いあのひと>8-259]]
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