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ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 ---- 「では、男爵家の秘宝『アドニスの涙』は確かに頂戴した」 高らかにそう宣言すると、さえ渡る月光の中、黒い影はさっと身をひるがえしました。 「待て!怪盗赤鴉!逃がすものか!」 赤鴉を宿敵と定め、もはや3年の長きにわたる戦いを繰り広げてきた蟹村警部が、 ここで逃がしてなるものかと腰のサーベルをスラリと抜くも、 男爵家の豪奢なホールの高い天井、そこに取り付けられた高窓にとりついた赤鴉、 その名のとおり、カラスでもなければ到底届きはしないのです。 「蟹村君、毎度忠勤ご苦労である、そして我が仕事への御協力いたみいる、さらば!」 「待て!」 蟹村警部はぎりり、と歯噛みします。なんという人を馬鹿にした態度でしょう。 変装の名人、怪盗赤鴉は、こともあろうに宝の持ち主である男爵に化け、 宝を守らんとする警部の手ずからまんまとお宝をせしめたのです。 「くそ……!なんとしても逃がさんぞ! これまでの数々の失態、  これ以上重ねては総監殿に申し訳がたたん!」 地団駄を踏み、しかし万事休す。警部の顔は憤怒で真っ赤です。 ……と、急にがっくりと肩が落ちました。サーベルが石の床にカラン、と音を立てます。 「うむ、そうだ。私はもう何度も何度もお前に負けた。そして今回の失策、失態。  私の責で男爵殿の宝を失うはめになろうとは……もはや引き時かもしれん」 「どうしたね、蟹村警部、随分弱気じゃあないか」 「部長殿に申し上げよう。お役目を交代させてもらうように。私では力不足だ」 今にも中有へ飛び立たんとしていた赤鴉が、ハッとしたように振り向きます。 「何を言う、蟹村君。僕の華麗なショウをいつも引き立ててくれた君が。  君が去って、いったい誰が君の後を継げると言うんだね」 「田尾警部補に一任しよう」 「ハッ、あのひよっこが? 君の後任? 晦日市の掏摸でも追っかけてるのがお似合いだ 」 薄闇の中、赤鴉は肩をすくめたようです。 しばらくして、やや憤然とした声が蟹村警部へ落ちてきました。『アドニスの涙』と一緒に。 「……今回は、僕としたことが、犯行予告時刻を3分過ぎていた。失敗だ。  後日改めて頂きに伺うことにしよう」 驚いたのは警部です。 「赤鴉! 一体君は何を!……まさかこの私を憐れんで」 「勘違いしていただいては困るね、警部。私は完璧を望むだけだ」 「しかし……しかし……」 警部は思わぬ事態に混乱しています。宝を胸に抱きながら、 「それでは、君の事件で初めての不首尾になるじゃあないか。  明日の新聞には大きく載るぞ。世間の人の物笑いの種になる」 ホールに沈黙が満ちました。 「蟹村君、君はお人好しだね。僕をして3分遅らせただけでも大したものなのだよ。  新聞には、君のお手柄が載るのだ」 闇へ身を躍らせた怪盗赤鴉。まさにその背に羽を持つがごとく滑空していきます。 「──蟹村警部。次回もまた、全力で僕を阻止したまえ」
ツンデレ泥棒×お人好しな刑事 ---- 「では、男爵家の秘宝『アドニスの涙』は確かに頂戴した」 高らかにそう宣言すると、さえ渡る月光の中、黒い影はさっと身をひるがえしました。 「待て!怪盗赤鴉!逃がすものか!」 赤鴉を宿敵と定め、もはや3年の長きにわたる戦いを繰り広げてきた蟹村警部が、 ここで逃がしてなるものかと腰のサーベルをスラリと抜くも、 男爵家の豪奢なホールの高い天井、そこに取り付けられた高窓にとりついた赤鴉、 その名のとおり、カラスでもなければ到底届きはしないのです。 「蟹村君、毎度忠勤ご苦労である、そして我が仕事への御協力いたみいる、さらば!」 「待て!」 蟹村警部はぎりり、と歯噛みします。なんという人を馬鹿にした態度でしょう。 変装の名人、怪盗赤鴉は、こともあろうに宝の持ち主である男爵に化け、 宝を守らんとする警部の手ずからまんまとお宝をせしめたのです。 「くそ……!なんとしても逃がさんぞ! これまでの数々の失態、  これ以上重ねては総監殿に申し訳がたたん!」 地団駄を踏み、しかし万事休す。警部の顔は憤怒で真っ赤です。 ……と、急にがっくりと肩が落ちました。サーベルが石の床にカラン、と音を立てます。 「うむ、そうだ。私はもう何度も何度もお前に負けた。そして今回の失策、失態。  私の責で男爵殿の宝を失うはめになろうとは……もはや引き時かもしれん」 「どうしたね、蟹村警部、随分弱気じゃあないか」 「部長殿に申し上げよう。お役目を交代させてもらうように。私では力不足だ」 今にも中有へ飛び立たんとしていた赤鴉が、ハッとしたように振り向きます。 「何を言う、蟹村君。僕の華麗なショウをいつも引き立ててくれた君が。  君が去って、いったい誰が君の後を継げると言うんだね」 「田尾警部補に一任しよう」 「ハッ、あのひよっこが? 君の後任? 晦日市の掏摸でも追っかけてるのがお似合いだ 」 薄闇の中、赤鴉は肩をすくめたようです。 しばらくして、やや憤然とした声が蟹村警部へ落ちてきました。『アドニスの涙』と一緒に。 「……今回は、僕としたことが、犯行予告時刻を3分過ぎていた。失敗だ。  後日改めて頂きに伺うことにしよう」 驚いたのは警部です。 「赤鴉! 一体君は何を!……まさかこの私を憐れんで」 「勘違いしていただいては困るね、警部。私は完璧を望むだけだ」 「しかし……しかし……」 警部は思わぬ事態に混乱しています。宝を胸に抱きながら、 「それでは、君の事件で初めての不首尾になるじゃあないか。  明日の新聞には大きく載るぞ。世間の人の物笑いの種になる」 ホールに沈黙が満ちました。 「蟹村君、君はお人好しだね。僕をして3分遅らせただけでも大したものなのだよ。  新聞には、君のお手柄が載るのだ」 闇へ身を躍らせた怪盗赤鴉。まさにその背に羽を持つがごとく滑空していきます。 「──蟹村警部。次回もまた、全力で僕を阻止したまえ」 ---- [[ツンデレ泥棒×お人好しな刑事>15-029-2]] ----

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