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今日で五年目
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手首に当てた刃に、ぐっと力を込める。
全身から汗がどっと吹き出し、ガチガチと歯が鳴った。
切りつける腕に力が籠もりすぎて、刃がうまく刺さらない。
それでも赤い線が走って色が零れる。血は雫になって腕を伝っていく。
体の震えが増す。生理的な涙がこみ上げたそのとき―――
「開けろ!ここに居んだろッ!クソッ…クソ…がァァァ!」
ガシャン、という音とともにガラス戸が破られた。
「こん……ッの馬鹿!!」
ガラスの散乱する浴室にためらいなく足を踏み入れた弟は、
茫然と見上げる僕の手から刃物を取り上げ、頬を張り飛ばした。
「な……なんで………」
「なんで、なんて言うなボケ!」
憤怒の表情で現れた弟の顔が、泣きだす寸前のように歪む。
「ちくしょ……誰が許したよ…こんな…こんな…!」
弟の激情に圧倒されて、僕は体をこわばらせてその場に固まっていた。
弟はケータイで救急車を呼びつけながら、着ていたシャツを脱ぎ捨て
僕の腕に巻きつける。
「なんで…5年も経ってんのに…なんで今更……畜生、畜生ッ!」
僕を抱えこむ弟の腕の中は、怖いくらいに暖かかい。
僕は押さえられたのとは反対の手を床に這わせて、刃物を探す。
…僕は怖いんだ。怖くて、怖くてたまらない。
彼の死から5年目の今日。
胸の傷がとっくに癒えていることに僕は気づいてしまった。
あんなに愛していたのに、もう思い出しかここにはない。
怖いんだ。あの胸が引き絞られるような痛みを思い出せない。
彼を愛していたのに。愛していたのに。
「愛してるんだ…まだ愛してるはずなんだ…」
壊れた蛇口のように、とめどなく涙が零れていく。
「お願い、逝かせて…。お願い…お願い…」
弟の腕が痛いくらいに力を込めて僕の肩を抱く。
「…アイツのとこになんか、やんねえよ」
弟の吐息を首筋に感じながら、僕は近づいてくるサイレンの音を聞いていた。
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[[今日で五年目>6-909-4]]
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